鴻門の会(上)

 沛公はいこう旦日たんじつ(次の日)、百餘騎を從えて項羽こうう鴻門こうもん來見らいけんし、謝しておっしゃいました。


「臣は將軍と力をあわせて秦を攻め、將軍は河北かほくに戰い、臣は河南かなんに戰いました。しかれども臣はおもいませんでした、よく先に關から入って秦を破り、また將軍にここにまみえることができようとは。今は、小人の言があって、將軍をして臣とげきを有らしめようとしているのです。」


 項羽がいいました。


「これは沛公の左司馬さしば曹無傷そうむしょうがこれを言ったのだ。そうでなければ、せき(項羽)は何をもってここにいたろうや!」


 項羽はその日のながれのままにそこで沛公を留めてともに飲みました。


 項羽、項伯こうはくが東をむきて坐りました。


 亞父あふが南をむきて坐りました。亞父とは、范增はんぞうのことです。


 沛公は北をむいて坐り、張良ちょうりょうは西をむいて侍坐しました。


 范增はしばしば項羽に目くばせし、びるところの玉玦ぎょくけつげて項羽にめすこと再三でした。


 けつとはかん(輪っか)であるがかけているところがあるような飾りです。范增はこれをげて項羽に示し、思うに沛公を殺そうという意を決行しようとしたのです。


 項羽は默然として応じませんでした。


 范增は起って、出で、項莊こうそうをめして、いって申しました。


君王くんおう(項羽)は人となり忍びず。なんじ入りてすすみじゅ(寿)をなせ。


 壽がおわれば、請いてそして剣舞せよ、そして沛公を坐に擊ち、これを殺せ。


 しからざれば、なんじぞく、みなまさにとりことされるようになるだろう!」


 項莊はそこで入って壽(寿)をなし、壽がおわれば、申しました。


「君王と沛公とが飲まれていますが、軍中には樂しみをなすようなものがございません、請いますに、剣舞をさせていただきますように。」


 項羽がいいました。


だく(わかった)。」


 項莊は剣を拔いて起ちて舞いました。


 項伯もまた剣を拔きて起ちて舞い、常に(からだ)をもって沛公を翼蔽よくへい(覆う)しましたので、項莊は擊つことができませんでした。


 ここに張良が軍門にいたって樊噲はんかいにまみえました。


 樊噲は申しました。


今日こんにちのこと、いかん?」


 張良が申しました


「はなはだ急です。今、項莊が剣を拔いて舞っています、その意は常に沛公にあります。」


 樊噲は申しました。


「これまれるか、臣は入り、沛公と命を同じくすることを請おう!」


 樊噲はすぐさま剣を帶び、盾をようして軍門から入りました。


 戟を交えていた衞士が止めていれないようにしようとしました、樊噲はその盾をそばだてて(斜めにして)そしてき、衛士は地にたおれました。


 樊噲は宴会の場についに入り、とばりひらいて西をむいて立ちました。


 樊噲は目をいからせて項羽をました、頭髪は上を指し、まなじりはことごとく裂けました。

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