閻樂、二世皇帝を襲撃す、馬と鹿

 さて、中丞相ちゅうじょうしょう趙高ちょうこうは秦の権柄けんぺいをもっぱらにし、乱をなそうとしましたが、群臣がいうことを聴かないことを恐れ、そこでまず試験をもうけ、鹿を持って来させ二世皇帝に献じて申しました。


「馬にございます」


 二世皇帝は笑って申されました。


「丞相は誤っておるのではないか、鹿をいって馬とするのか?」


 左右さゆうのものに問われました。


 あるものは黙りこみ、あるものは馬といって趙高に阿順あじゅん(おもねり)し、あるものは鹿といいました。


 趙高はそこでひそかにその中でこれを鹿といったものを法にかけました。理由をつけて殺したわけです。


 この後、群臣はみな、趙高をおそれ、あえてそのあやまちを言うものはおりませんでした。


 趙高はさきにしばしばいいました。


「關(関)の東のとうがよくなすことはできません」


 項羽こうう王離おうり等をとりこにして、章邯しょうかん等の軍がしばしばやぶれるにおよび、趙高は上書して助けをますことを請いました。關(関)より以東は、大抵たいていはことごとく秦の吏にそむき、諸侯に応じました。諸侯はみなその衆を率いて西にむかいました。


 八月、沛公はいこうは数萬をひきいて武關ぶかんを攻め、武關をほふりました。


 軍が関中についに入ったわけです。


 趙高は二世皇帝が怒り、誅がみずからの身におよぶを恐れ、そこで病と謝し、朝見しなくなりました。


 二世皇帝は夢に白虎がその左の驂馬さんば(添え馬)を噛み、馬を殺すことを見ました。心、楽しまず、あやしみて占夢せんむ(占いの官)に問いました。


 ぼく(占いの官)は申しました。


涇水けいすいたたりをなしております。」


 二世皇帝はそこで望夷ぼうい宮に潔斎けっさいされました。涇水をまつろうとし、四匹の白馬をしずめました。使いに趙高を盜賊のことで責襄せきじょう(責め)させられました。


 趙高はおそれ、そこでひそかにその婿・咸陽令の閻樂えんらくと弟の趙成ちょうせいとで謀って申しました。


「上(二世皇帝)は、諫めを聴かれない。今、事は急であるのに、わざわいを吾れに帰そうとなされる。上を易置えきちし(変え)、子嬰しえい(王子の名)をあらため立てたい。子嬰は仁倹であり、百姓ひゃくせい(國民)もみな、その言葉をいただくだろう。」


 そこで郎中令をして內応をなさせ、いつわりて大賊があるとさせました。


 閻樂に吏を召し卒を発せさせて、二世皇帝を追わせ、閻樂の母をさらって趙高の舍に置きました。


 閻樂に吏卒・千餘人をひきいて望夷宮の殿門でんもんにいたらせ、衛令えいれい僕射ぼくやを縛らせて、申させました。


「賊がここに入ったのに、どうして止めないのだ?」


 衛令は申しました。


周廬しゅうろ(巡視の兵卒)も、設卒も、はなはだ謹しんでおる。どうして賊がおろう、あえて宮に入るのか!」


 閻樂はついに衛令を斬り、直ちに吏をひきいて入りました。


 行くごとに郎、宦者を射ました。郎、宦者はおおいに驚き、あるものは走ってにげ、あるものはたたかいました。たたかったものは死に、死者は数十人となりました。


 郎中令と閻樂はともに入り、上の幄坐幃あくざい(御座所)を射ました。


 二世皇帝は怒り、左右のものを召しました。左右のものはみな、惶擾こうじょう(恐れ)したたかいませんでした。


 かたわらに宦者が一人、侍るものがあり、あえて去りませんでした。


 二世皇帝は内へ入れ、いって申されました。


「公よ、どうして早くに我に告げなかったのだ、ここにいたってしまったではないか!」


 宦者は申しました。


「臣はあえていいませんでした、そのために命をまっとうできたのです。臣が早くに言っておれば、みな、すでにちゅうされたでしょう、どうして今にいたることができたでしょう!」


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