章邯、狐疑す、ついに項羽に降る

 王離おうりの軍がすでに壊滅し、章邯しょうかん棘原きょくげんに軍し、項羽こうう漳水しょうすいの南に軍しました。それぞれ持久してまだ戦いませんでした。


 秦軍はしばしばしりぞき、二世皇帝は人をして章邯をせめさせました。


 章邯は恐れ、長史ちょうし司馬欣しばきんに事を請わせました。司馬欣が咸陽にいたると、司馬門しばもんに留められました。


 司馬門とは、宮中の、兵衛(軍事部門)があるところの外の門をいいます。三日ちましたが、趙高ちょうこうにまみえることができませんでした。趙高の章邯を信じない心がうかがえました。


 長史・司馬欣は恐れ、還りてその軍にはしり報告しました。


 あえてもときた道にいでませんでした。


 趙高ははたして人をして司馬欣を追わせ(殺そうとし)ましたが、およびませんでした。


 司馬欣は軍にいたると、報じて申しました。


「趙高は事を中にもちいています。その配下になすことができるものはおりません。今、戦ってよく勝つとも、高は必ず吾が功を嫉妬するでしょう。勝つことができなければ、死を免れません。


 願わくば將軍、このことを熟計せられよ!」


 陳餘ちんよもまた章邯に書をつかわして申しました。


白起はくきが秦將となって、南にえんえいを征した。北に馬服ばふく君をこう(穴埋め)し、城を攻め、地を略したものは、かぞえることができないほどだった。


 しかしついには死を賜った。


 蒙恬もうてんは秦將となって、北に戎人じゅうじんい、榆中ゆちゅうの地を開くこと數千里だった。


 だがついに陽周ようしゅうに斬られた。


 なぜか?


 功が多ければ、秦はすべてを封じることができない。そのために法で功労者を誅したのだ。


 今、將軍は秦の將となること三歲となった。亡失するところの兵は十萬をもって数える。そうであるのに諸侯は並び起りいよいよますます多くなっている。


 かの趙高はもとよりへつらうこと日が久しかった。今、事が急となり、また二世皇帝が自分を誅することを恐れている。そのために法で將軍を誅しそして責任をふさごうとしている。人をして將軍を更代こうたいさせそしてそのわざわいを脫するつもりなのだ。


 將軍は外におることが久しい。內にはげき(反感・敵)が多いだろう。功あるも誅され、功なきも誅されるはずだ。


 まさに天が秦を亡ぼそうとしているのは、愚智となくみなこのことを知っている。今、將軍は內に直諫することはできず、外に亡國の將となっている。孤特ことくとなり獨立どくりつしてまだ存しようとしている。


 なんと哀しいことではないか!


 將軍はどうして兵をめぐらして諸侯と合從をされないのか。約してともに秦を攻め、その地を分けて王となるのだ。南面して「(王の自称)」を称する。


 この策と、身が鈇質ふしつ(まさかり)に伏せ、妻子がりく(族滅)となるのと、どちらがいいのか?」


 章邯は狐疑こぎし(狐が氷を渡る時、氷の音を聞き、立ち止まり、立ち止まりするという)、ひそかに斥候の始成しせいというものをして項羽につかいさせました。そして約を結ぼうとしました。


 約はいまだりませんでしたので、項羽は蒲將軍ほしょうぐんをして日夜をとわず兵を引きて三戸さんこという漳水しょうすいしん(渡し場)を渡らせました。漳水の南に軍し、秦軍と戦い、再び秦軍を破りました。


 項羽はことごとく兵を引きて秦軍を汚水おすいの上に撃ち、大いに秦軍を破りました。


 章邯は人をして項羽にまみえさせ、約そうとしました。


 項羽は軍吏をまねきて謀りて申しました。


「兵糧が少い、その盟約をきたい。」


 軍吏はみな、申しました。


し!」


 項羽はそこで洹水えんすいの南のいんの廃虛の上であいました。


 すでにちかいて、章邯は項羽にまみえて流涕るていしました。そして趙高ちょうこうのことを言いました。


 項羽は章邯を立てて雍王ようおうとしました。楚の軍中に置き、長史の司馬欣をして上将軍とし、秦軍をひきいてそして前を行かせました。


 瑕丘かきゅう申陽しんよう河南かなんを下し、兵を引いて項羽にしたがいました。


 項羽の軍も主たる秦軍を下したので、西へ動き始めます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る