趙高と二世皇帝、李斯を案問す、李斯、上書す

「君(李斯りし)が誠によく諫めることができられるのなら、請いますに君候(李斯)のために上(皇帝)がおひまなときに、君(李斯)とお語りいただくようにしましょう」


 ここに趙高ちょうこう侍坐じざしていて、二世皇帝がまさに燕樂えんらく(楽しむことですね)され、婦女ふじょが前におるときに、人をして丞相に告げさせました。


「上(皇帝)はお時間があります、事を奏されるべきです。」


 丞相(李斯)は宮門に至りて上(皇帝)に謁しようとしました。


 このようなことが再三となりました。


 二世皇帝は怒られて申されました。


「吾は常に閒日かんじつ(ひま)は多い、なのに丞相はこない。吾がまさに燕私えんしする、丞相はそのたびにきたりて事を請う!


 丞相はまさか我を若いと思ってあなどっているのか、それとも我を固陋ころう(愚かである)と思っているのか?」


 趙高ちょうこうはそこで申し上げました。



「このようにあやういのでございます!


 それ沙丘さきゅうのはかりごと(二世皇帝・胡亥こがいを即位させる謀議)に丞相はあずかられました。


 今、陛下がすでに立たれて帝となられましたのに、丞相のとうとさはしておりません。これはその意がまた地を裂いて王たりたいと望んでおるのです。


 かつ陛下は臣に問うておられず、臣もあえていっておりませんでしたが、丞相の長男の李由は三川の守となっております。楚の盜・陳勝等はみな丞相のかたわらの縣の子にございます。そのために楚の盜はおおっぴらに行動し、三川を通り過ぎましたのに、城守(李由)はあえて攻撃しなかったのです。


 高が聞きますに、その文書はそれぞれ往來したのですが、まだその詳細をえておりませんでした。そのためにまだあえて奏聞しておらなかったのでございます。


 それに…、丞相は外に居られ、権は陛下より重いのでございます。」


 二世皇帝はしかり(そうである)、とおもわれました。


 そのために丞相を案問しようとされました。そのつまびらかでないのを恐れ、そこで人をして三川の守が楚の盜に与えた通狀(書簡)を案驗あんけん(調べる)しようとされました。


  李斯はこのことを聞きました。



 そこで上書して趙高の短所を申しました。


「趙高は利をほしいままにし、害をほしいままにしています。今や陛下の立場と異なるところがございません。


 昔、田常でんじょうが齊の簡公かんこうしょうとなり、その恩威おんいをぬすみ、下は百姓ひゃくせいをえる、上は群臣をえる、そしてついに簡公かんこうしいして齊を取りました。これは天下の明らかに知るところにございます。


 今、趙高には邪佚じゃいつの志、危反きはんの行いがございます。私家(趙高の家)の富は、田氏でんしの齊におけるがごとくであって、また人柄は貪欲でくなく、利を求めてやまず、その威列いれつ権勢けんせいは主に次ぐようです。


 その欲はきわまりなく、陛下の威信いしんをおびやかしており、その志は韓玘かんきの韓王・あんの相となったようでございます。


 陛下はそれらのことを図られていません。


 臣(李斯)は趙高が必ず変(謀反むほん)をなすことを恐れます。」


 上書は皇帝に届けられました、この時は。

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