趙高、皇帝を籠絡す、李斯、罠にはまる

 郎中令ろうちゅうれい趙高ちょうこうは、恩をたのんで專恣せんし専横せんおうする、私利・私益で行動する)し、私怨で誅殺ちゅうさつする人が衆多しゅうた(多かった)でした。


 郎中令とは、郎をつかさどる、と注にはあり、皇帝に近侍するものの長官だったのでしょう。趙高は宦官でした。


 諸書には郎中令について、「宮殿の門衛であった」ともありますが、その権力との関係は自分の知識では、はっきりここでは論じかねます。


 ただ趙高は大臣の入朝して奏事そうじするものがみずからの専横をいうことを恐れたとされます、そして二世皇帝に説いて申しました。



「天子の貴い理由は、ただ声を聞くだけで、群臣がそのおもてをみることができないからでございます。そのために号して『朕』とおっしゃるのでございます。


 かつ陛下は春秋(年齢)に富まれましたのに、いまだ必ずしもことごとくは諸事に通じておられません。今、朝廷にいまされ、譴(譴責)・舉(推挙)が当らないものがございましたら、短を大臣にあらわされることになります。神明を天下に示めされる方法ではございません。


 まさに陛下は深く禁中にみなのものをこまねき、臣と侍中の法を習うものとで事を待ち、事がきたればそこでそれをはかるようになさるとよろしいのです。


 このようになされば、大臣はあえて疑わしいことを奏せず、天下は聖主と称するでしょう。」


 二世皇帝はその計を用い、そして朝廷に坐して大臣にまみえることはなくなりました。常に禁中きんちゅう(後宮)におることになりました。


 趙高は侍中して事を用い(侍中とは禁中で皇帝に「はべる」という意)、事はみな趙高の手に決せられることになりました。



 ここに趙高ちょうこう李斯りしが発言しようとしていることを聞き、そこで丞相(李斯)にまみえて申しました。



「關(秦の関所)の東は群盜が多くなっております。今、上(皇帝)はお急ぎになられています、ますます繇役ようえきを発して阿房宮あぼうきゅうを治めようとされており、いぬ・馬や無用の物をあつめようとされています。臣は諫めようとするのですが、位が賤しゅうございます。これは真に君侯の事にございます、君はどうして諫められませんのか?」


 李斯は申しました。


「もとよりである。吾はこれを言おうとして久しい。今、時に上(皇帝)は朝廷にいらっしゃらない。上(皇帝)は深宮におられ、吾は言うところのときがなく、お伝えすることができなかった。おめ見えしようにも時間がなかったのだ。」


 趙高ちょうこうは申しました。


「君(李斯)が誠によく諫めることができられるのなら、請いますに君候(李斯)のために上(皇帝)がおひまなときに、君(李斯)とお語りいただくようにしましょう」


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