趙王・武臣、燕に囚われ養卒、活躍する、魏、衛のこと

 趙王・武臣ぶしん張耳ちょうじ陳餘ちんよと北に地を燕の境界まで攻略しました。趙王は、時間があったのでおしのびで外出したところ、燕の軍の捕らえるところとなりました。


 燕は王をとりこにし、地を割くのを求めようとしました。使者が請いうけにゆけば、燕はそこで王を殺すはずです。張耳と陳餘はなやみました。


 そこにしん(まき)を取る)やよう(炊事)の役をしていた卒に、「吾れが公らのために燕に說きましょう、趙王と載りて帰ってきます。」と申すものがありました。仲間はみな笑いました。


 しかし養卒で、燕のとりでに走る(逃げた)ものがおり、燕将にあって申すことがありました。


 張耳と陳餘はこのものを派遣したのでしょう。


「君は張耳、陳餘が何を欲しているかご存知ですか?」


 燕の将は申しました。


「その王をえようとするだけだ」


 趙の養卒ようそつ(炊事人)は笑って申しました。


「君はまだこの両人の欲するところをご存じない。そもそも武臣、張耳、陳餘は、馬棰ばすい(馬の鞭か?)にって趙の数十城を下しました。これはまたおのおのが南面して王たりたいと欲したからです。どうして將相しょうそうとなって終わるをほっするでしょうや!


 その勢いがはじめ定まるのをこころみるに、まだあえて参分さんぶん(三分)して三人で王となれる状況にありませんでした。そのためにまず少・長(わかい長じているの差)から考えて先に武臣を立てて王とし、そして趙の心をたもったのです。


 今、趙の地はすでに服し、この両人もまた趙をわけて王たらんとしています。いぜんに望んでいたがまだできなかったのみにございます。


 今、君がそこで趙王をとらえました。この両人は名は趙王を求めるとしながら、実は燕に王を殺してほしいのです。


 この両人が趙をわけて自立するとします。そこで半分にわけたうち一つの趙でもなお燕をやすい(下せる)とするでしょう。


 いわんや二人の賢王が左と右に手をたずさえて王を殺すの罪を責めて攻撃してくれば、燕をほろぼすのはたやすいことではございませんか!」


 燕の将はそこで趙王を帰し、養卒ようそつぎょ(御者)となって帰りました。


 さて周市しゅうしは齊のてきより還って、魏地にいたりました。もとの魏の公子、寧陵ねいりょう君のきゅうを立てて王としようとしました。しかし咎は陳勝ちんしょうの本拠地・陳にいて、魏にゆくことができませんでした。魏の地がすでに定まり、諸侯はみな周市を立てて魏王としようとしました。


 周市は申しました。


「天下が昏乱こんらんすれば、忠臣がすなわちあらわれる。


 今、天下はともに秦にそむいている、その義は必ず魏王の後を立てればそこで可となるであろう。」


 諸侯は固く周市に立つことを請いましたが、周市はついに固辞して受けませんでした。魏咎ぎきゅうを陳より迎えようと、五たび帰って、陳王は初めて魏咎を遣しましたので咎を立てて魏王とし、周市が魏相ぎしょうとなりました。



 この歲、二世皇帝は衛君・角を廃して庶人としました。衛はその祭祀を絶ちました。胡三省こさんせいの注によると、しゅう列國れっこくで、衛が最後にほろんだようです。


 ここに『資治通鑑しじつがん』巻七が終わりました。時代は新しい胎動をしようとしています。

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