劉邦、沛に起つ

 陳涉ちんしょう(陳勝)が決起するに及んで、諸郡県はみな多くその長吏を殺してそして陳涉に応じました。


 沛の県令は沛ごとその反乱に応じようとしました。じょうと、主吏しゅりである蕭何しょうか曹參そうしんが申し上げました。


「君は秦の吏でございます。今、秦にそむき、沛の子弟を率いようとしても、恐らくはかれないでしょう(いうことを聞いてもらえないでしょう)。願わくば君よ、たくさんのげて外に在るものを召されよ、数百人をえることができるでしょう。それらによって衆をおびやかせば、衆はあえて命令をかないことはないでしょう。」


 そこで県令は樊噲はんかいに劉季を召させました。劉季の衆はすでに数十百人となっていました。沛の県令は後悔し、その変事へんじを起こすのを恐れ、そこで城をじ城を守り、蕭何、曹参をちゅうしようとしました。


 蕭何、曹参は恐れ、城を逃げて劉季に身を投じました。劉季はそこではく(布ぎれ)にぶんを書いたものを城の上に射て、沛の父老ふろうにつかわし、彼らのために利害をべました。


「天下が秦に苦しむことは久しい。


 今、父老は沛令を守っておられるが、諸侯が並びにたてば、今、沛はほふられる。沛が今、共に令をちゅうし、子弟の立つべきものをえらんでそれを立て、そして諸侯に應ずれば、家室はまっとうできるだろう。


 そうでなければ、父子はともに屠られ、なすことはできないのだ。」


 父老はそこで子弟を率いてともに沛令を殺し、城門を開いて劉季を迎えました。そして沛令にしようとしました。


 劉季は申しました。


「天下はまさにみだれ、諸侯はならびにたち、今、將の善くないものを置けば、ひとたび敗れれば地にまみれてしまう。吾はあえて自愛するのではない、才能が薄く、父兄の子弟をまっとうできないことを恐れる。これは大事であるので、願わくばさらにそれぞれたがいに可なるものを推擇すいたくしよう。」


 蕭何、曹参等はみな文吏で、自愛し、事がならなければ、後の秦の種属がその家を族滅することを恐れて、ことごとく劉季に讓りました。


 諸父老はみな申しました。


「平生に聞くところの劉季のもろもろの珍・怪、まさに貴ぶべし、かつこのことを卜筮するに、劉季の最も吉なるにしくはなし。」


 ここにおいて劉季は何回か讓りました。衆であえてなすものはなく、そこで季を立てて沛公としました。


 黃帝をまつり、蚩尤しゆう(戦神)を沛の庭に祭りました。鼓と旗とに血をぬって、のぼりはみな赤でした。殺すところの蛇は白帝の子、殺す者は赤帝の子ということにより、そのために赤を上としました。ここに少年・豪吏の蕭、曹、樊噲等のごときものは、みなために沛の子弟二三千人を收め、胡陵こりょう方與ほうよを攻め、還りて豐を守りました。


 沛の子弟を収め、三千人をえて、そして諸侯におうじました。


 ここに沛公・劉邦(劉季)は一歩を踏み出しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る