武信君、趙王となる、陳餘は大將軍、張耳は右丞相となる

 さて、秦軍に楚の軍はやぶれました。


 邯鄲かんたんに至った、張耳ちょうじ陳餘ちんよ周章しゅうしょう周文しゅうぶん)の軍が関(関所)に入ったものの、にいたってしりぞいたことを聞きました。


 また諸將が陳王のために地を攻略したのに、多く讒言や毀言きげんで罪をえて、誅されたことを聞きました。陳王が彼ら張耳、陳餘を將としないで、校尉としたこともうらみ、そこで武臣に說いて申しました。


「陳王はに起兵して、陳にいたって王となられました。必ずしも六國の後を立てたわけにございません。


 將軍は今、三千人で趙の数十城を下されました。ひとりここに楚から隔たって河北に居られますが、王となられませんとこの地位にあたるものはおりません。


 かつ陳王は讒言を聽かれます。還って報告しても、わざわいを脫せないことを恐れます。將軍よ、時をうしなわないようになさってください、時間はそくをいれないほどでございます。」


 武臣はそこでこれをゆるし、ついに立って趙王となります。


 八月、武信君はみずから立って趙王となり、陳餘を大將軍だいしょうぐんとし、張耳を右丞相うじょうしょうとし、邵騷しょうそう左丞相さじょうしょうとしました。


 そして人をして陳王に報告させました。


 陳王は大いに怒りました。ことごとく武信君らの家を族滅ぞくめつ(一族皆殺し)して兵を発して趙を撃とうとしました。


 柱國ちゅうこく房君ぼうくんが諫めて申しました。


「秦はいまだ亡びておらないのに武信君らの家族を族滅ぞくめつする、これは一つの秦(敵国という意)をまた生じるものでございます。これを機会にして彼らを祝賀するにしくものはございません。そして彼らに急ぎ兵を率いて西に秦を撃たせるのです。」


 陳王はこの意見をしかり(そうである)とし、その計に従いました。武信君等に関係する家のものを宮中にうつし、張耳の子のごう(人名)を封じて成都君せいとくんとし、使者を派遣して趙を賀させ、兵を発して西に関からしんの地に入るのをうながさせました。張耳、陳餘は趙王に説いて申しました。


「王を趙に王とさせるのは、楚の本当の望みではございません、特に計で王を祝賀しておるのでございます。楚がすでに秦を滅ぼせば、必ず兵を趙に加えるでしょう。


 願わくば王よ、兵を西に向かわせめさるな、北に燕、代を攻略し、南は河內かだいを収めてそしてみずからを広めましょう。


(燕とは、涿郡たくぐんの以北の地を指すのではないか、代とは、常山じょうざんの以北の地を指すのではないか、河內かだいは本の魏の地、当時、河東かとう郡であった土地を指すのでは、と注は推定しています。ここ、深入りは避けます)


 趙は南は大河にり、北は燕、代の地があります、楚が秦に勝つといえども、必ずあえて趙を制しようとはしないでしょう。そして秦に勝てなければ、必ず趙を重んじるでしょう。趙は秦、楚のつかれに乗じて、そこで志を天下にえることができるのです。」


 趙王はその意見をそのとおりだとし、そこで西に(秦に)兵を向けませんでした、そして韓廣かんこうに燕を攻略させ、李良りりょう常山じょうざんを攻略させ、張黶ちょうえん上黨じょうとうを攻略させました。


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