陳勝、王となる、二世皇帝、謁者に面会す

 陳涉ちんしょう(陳勝)がすでに陳に入ると、張耳ちょうじ陳餘ちんよは門にいたって上謁じょうえつ(拝謁)を請いました。陳涉はもとよりその賢を聞いていましたので、大いに喜びました。


 さて陳の中の豪傑・父老ふろうは陳涉を立てて楚王とすることを請いました。涉はそこで張耳、陳餘に問いました。張耳と陳餘はこたえて申し上げました。


「秦が無道をなし、人の社稷しゃしょく(国家のシンボルであるやしろしょく(穀物の神)・国のこと)を滅ぼし、百姓ひゃくせい暴虐ぼうぎゃくな扱いをしました。将軍は萬死ばんしの計を出だして、天下のために殘酷な行いを除かれました。


 今、はじめて陳にいたってここに王となれば、天下にわたくし(自分の欲)を示すことになります。願わくば将軍よ、王になるべきではございません、急ぎ兵を率いて西へゆくのです。人を派遣して六國の後を立て、みずから党をてさせ、秦のために敵をすのです。


 敵が多ければ力は分散します、おおくの国が与国よこく(味方の国)となれば兵は強くなります。このようであれば、野に交兵こうへい(敵となる、交戦する兵)はなく、縣に守っている城はないのです、暴虐な秦をちゅうし、咸陽かんようり、そして諸侯に令するのです。諸侯が亡びれば立つことができ、徳で諸侯をふくせば、帝業はなるのです!


 今、ひとり陳で王となれば、天下がおこたる(努力しない)ことを恐れます。」


 そう申し上げました。


 陳涉はかず、ついにみずから立ちて王となり、旧・楚になぞらえて「張楚ちょうそ」と号しました。


 人の心が、忠言を聞くというのはなかなか難しいのかもしれません。


 さてです、この時にあたって、多くの郡県は秦の法に苦しんでおり、争って長吏を殺して陳涉に応じました。秦の都では皇帝に拝謁する者が東方よりきたり、謀反むほんしている者について奏聞そうもんしました。


 二世皇帝は怒り、このえつした者を吏に下しました(ごくに下したわけです)。後に使者がいたり、上が使者に問うと、こたえて申しました。


群盜ぐんとう鼠竊そせつ狗偷こうゆは、郡の守、尉がまさに逐捕ついぶし、今、ことごとくえて、うれうにたるものではございません。」


 そう申し上げました。


 上(二世皇帝)はよろこばれました。


 ここに秦に真実を知るものは、いなくなったのかもしれません。ともかく、二世皇帝の目から、真実は隠されました。情報の大切さを感じる箇所です。


 一方、陳勝・呉廣ごこうはどうしたでしょうか?


 陳王(陳勝)は吳叔ごしゅく(呉廣)を假王かおう(仮王)とし、諸将を監督して西に滎陽けいようを撃たせました。


 のちに述べますが、陳人の武臣、張耳、陳餘をして趙地をとなえさせ、汝陰じょいんの人・鄧宗とうそうをして九江郡を徇えさせました。この時にあたり、楚兵で数千人のあつまりをなすものが、数えきれないほどでした。


 ここに陳勝・呉廣の進撃が始まります。

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