焚書の弾圧が起こった経緯

 さて、ここに有名な奏議そうぎされます


 丞相じょうしょう李斯りし上書じょうしょして申しました。


 いわゆる焚書ふんしょ坑儒こうじゅにつながる事件の上書じょうしょです。


 まず「焚書ふんしょ」についてみてみます。焚書ふんしょに関する記述きじゅつは、『史記しき』の始皇帝しこうてい本紀ほんぎ李斯りし列伝れつでんにあります。微妙に二つのぶんは内容がことなります。『通鑑つがん』は両方を組み合わせて記述していますが、『史記しき』の本紀ほんぎの文を意訳いやくしたあとで、李斯りし列伝れつでんことなる部分を指摘したいと思います。


史記しき始皇帝しこうてい本紀ほんぎてみます。


 始皇帝しこうてい咸陽かんよう宮に置酒ちしゅ、酒をおきました。博士はかせ・七十人がまえ寿じゅをなしました。健康と長寿を祝ったわけです。


 僕射ぼくや周青臣しゅうせいしんが進みてしょうして(たたえて)申しました。


他時たじしんの地は千里をすぎませんでした。陛下の神霊しんれい明聖めいせいにより、海內かいだい(天下)を平定へいていし、蛮夷ばんい放逐ほうちくし、日月のらすところ、賓服ひんふくしないものがございません。諸侯(の国々)を郡・県とし、人人ひとびとはみずから安楽あんらくし、戦争のうれいはございません、これを萬世ばんせいにつたえましょう。上古じょうこより陛下の威德いとくにおよぶものはございません。」


 始皇帝しこうていはよろこびました。


 ところが、博士はかせせいの人の淳于越じゅんうえつすすんで申しました。


しん(私)が聞きますに、いんしゅうの王は千さいで、てい功臣こうしんほうじ、みずからのえだたすけとしました。


 今、陛下は海內かいだい(天下)をたもたれますが、てい(子供や兄弟)は匹夫ひっぷとなり、ついにせい田常でんじょうしん六卿りくけいしんのようなものがあれば、たすはらうものがございません、何をもってすくいとなされますか?ことにつき、いにしえをとせず、よく長久ちょうきゅうたる者は、聞くところがございません。


 今、青臣せいしんもまた面諛めんゆ阿諛あゆ、おもねって)して陛下のあやまちをかさねさせれば、忠臣にございません。」


 始皇帝しこうていは考えられたのでしょう、そのくだし、議論させました。丞相じょうしょう李斯りしはその結果を申し上げました。


 このように焚書ふんしょの背景には、儒者じゅしゃとうと封建制ほうけんせいを選ぶか、法家ほうけが尊ぶ郡県制ぐんけんせいを選ぶか、という議論が背景にありました。


 そして李斯りしたち郡県制ぐんけんせいの推進派が、秦では主導権をにぎっていました。


五帝ごていがあいふたたびせず、三代さんだいがあいおそわず、おのおのみずからの政治でおさめたのは、あいはんすることをしたのではございません、とき變異へんい(変異)したのでございます。


 今、陛下は大業たいぎょうをはじめられ、萬世ばんせいこうてられました。もとより愚儒ぐじゅ封建制ほうけんせいとなえる儒者じゅしゃ)の知るところではないのです。(淳于じゅんうえつ三代さんだいことを言うことなど、どうしてほうとするにりましょう。


 異時いじ(戦国時代)、諸侯はならびあらそい、あつく游學ゆうがく(旅する学者など)をまねきました。今、天下はすでに定まり、法令はいち(皇帝)より出で、百姓ひゃくせい富家ふか農工のうこうにつとめ、士は法令を學習がくしゅうしてきんをさけております。


 今、諸生しょせい儒学者じゅがくしゃたち)は今をとせずしていにしえをまなび、當世とうせいとし、黔首けんしゅ(国人)を惑乱わくらんしております。


 丞相じょうしょうしん李斯りし昧死まいしして(死をおかして)上言じょうげんいたします。


 いにしえは天下は散乱さんらんし、これをよくいつにすることができませんでした。このために諸侯しょこうがならびおこり、語るにみないにしえをいい、そして今をそこない、虛言きょげんかざりそしてじつをみだしました。人はそのわたくしにまなぶところをしとし、そしてじょう(皇帝)の建立けんりつされたところをとしております。


 今、皇帝は天下を并有へいゆう(併有)され、黑白くろしろわかちて一尊いっそんさだめられました。わたくしにまなんであいともにほうきょうとする、人のれいくだると聞けば、そこでそれぞれそのがくでそのれいする、宮中きゅうちゅうはいっては心はそのれいとし、宮中きゅうちゅうでてはそのれいちまたする、しゅ主上しゅじょう・皇帝)におごりて名をなす、おもむきにして高いとする、ぐん(群)ひきいて讒謗ざんぼう讒言ざんげん誹謗ひぼう)をつくる。このような様子をきんじなければ、しゅ主上しゅじょう・皇帝)の勢いは上にくだり、黨與とうよ(党与)は下になります(形成けいせいされます)。


 これをきんじるのが便べんがあるでしょう。」

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