第47話 宵闇
「とーさま?」
「なつきさまがとーさま、ちがうの?」
首を傾げてそんなことを言う二人に成雨は笑いを堪えきれていない。燈依はなんとも微妙な表情。桃は困った顔をしている。
この反応はどっちなのか。
「燈依、何、二人ってそういう? そうだとしても文句は言えないけど・・」
夏牙と彼女はとても仲がよかった。おそらく彼が彼女にアプローチしなければ彼女と一緒にいたのは夏牙だっただろう。
元々彼女とは力の感覚が近かったわけで、そのせいでおれが血のつながりを感じたとしてもおかしくはない。
「いや、単なる例えよ。それを二人が勘違いしているだけ。まあ・・顔も見たことない父親よりは面倒見てくれるお兄さんの方がいいわよね」
その気持ちはもちろんわかる。
おれ自身父親の顔は見た覚えがない。今更会ったとしてもきっとそばにいる陸達の方が大事な存在。
「・・かーさまのにおい」
「かーさま、どこ?」
二人がてちてちと寄ってきたと思えば、大きな瞳を潤ませる。
これはもしかして?いやもしかしなくとも。
「「うああぁぁー!」」
ボロボロと大粒の涙をこぼして泣き始める。
その瞬間、周りの大人は顔を歪め後ずさる。
子供で上手く力を使えなくとも、彼女の子供達。感情の昂りは無意識の攻撃となる。
「責任もってどうにかしてちょうだい! こんなにちっちゃいのに私たちが敵わないのだって半分はあなたのせいでしょ」
力の量は基本的には親のもつ量で決まる。
「え」
子供との触れ合い方なんて・・と思ったけれど、知っている。最近は触れ合うことも増えた。しかもちょうど同じくらいの年頃。
「氷音、海蘭」
氷音と海蘭のもふもふの耳と尻尾は天花似だろう。サラサラの毛をふわふわと撫でる。
裏音の要素はどこだろう? 容姿に少し表れているような。
「寂しいだろう。ごめんね」
二人の頭に触れて意識を重ねる。二人のグチャグチャな気持ちを落ち着かせるように。
これは得意技。彼女にもよく使っていた。
「今のままだと2人の大事な人たちも傷つける。おれが全部受け止めるから」
ゆっくりと波の幅を小さくしていけば、二人の鳴き声も小さくなった。
「・・ごはんの途中だったのかな? 食べる? あ、泣いたしお水飲もうか?」
この体では能力の扱いに慣れていないからか、だるさが襲ってくる。
「どこで覚えてきたの?」
「昔宥める経験はあったから。あー、お世話になってる人の娘がこれくらいの年齢でさ」
海蘭は膝によじ登ってきてちゃっかり座っている。迷うような目をしている氷音も膝に乗せてしまう。
「可愛い。海蘭は天花に似て美人になるだろうな」
口を開けるたびに覗く小さな牙。わさわさと振れているふわふわの尻尾。
「2人ともかわいい」
茶碗の中のごはんを匙で掬って二人の口元に運ぶ。パクリと食べる姿がとても可愛らしい。
「海蘭、氷音のごはんだから取るんじゃない」
氷音にあげようとしても横から取っていくのが海蘭。きっと二人は双子なのだろうけれどここまでちがうものなのか。
「ひょー、たべないから」
薄々勘付いてはいたけれど氷音は気が弱いらしい。おとなしいし、何も言わない。
「あのね、結理くん。二人は食べる間隔が違うんだ。だから海蘭に2回運ぶ間に一回氷音に運ぶくらいでちょうどいいみたいで。・・氷音の分を取るのは良くないけどね」
「なるほど」
だとしても、海蘭はちゃっかり氷音の皿にも手を伸ばしている。
「・・これはおれ似かな」
「・・成雨」
二人を寝かしつけてきたらしい結理が戻ってきた。昔はそこまで関わることもなかったのに。
「どうしたの? 燈依なら台所にいるけど」
「いや、成雨と話したくて。二人のことを育ててくれたのは成雨だろう? ありがとう」
彼は頭を深く下げて見せる。まだ子供と言える年齢の対応とは思えない。それに今の彼は裏音によく似ている。
「全くね。燈依達とは再会できないままだったから大変だったよ」
多少の皮肉は許して欲しい。今では笑って話せることだけれど、当時は必死だった。
「天花はいつ? いつ・・亡くなった?」
彼だって気づいているのだろう。その顔色は良いとは言えない。
「それは知らない。二人を置いて出て行ってしまったからね。でも彼の年齢ほどまでも生きたかどうか・・」
「教えてくれてありがとう」
「で、君は今は何をやっているの? この時代ともまた別の時代で生きているんだろう?」
それの犯人はわかっているが、どうしてそうしたのか。全く面倒なことをしてくれる。
「次期領主様って感じ。だから、・・おれはあの時代を捨てられない」
15歳にも満たない彼は言い切った。これも一つの覚悟なのだろう。ならどうするつもりなのか。
ここまで関わっておいてまた消えるなんて許せない。
「二人にはおれの時代の方が暮らしやすいかもしれない。来たいって言うなら手筈は整える。・・彩夜のことも粘るけど、身を引く覚悟もできてる。だから、その時はよろしく」
「夏牙には悪いけど、君には彼女を幸せにする義務があると思うんだ」
なんてことを言ってくれたのか。彼女の保護者役としては言いたいことが山ほどある。
「・・幸せにする自信なんて無いから言ってるんだろ! 迷惑かけて困らせる自信ならある! 大事だから・・今の彼女にこの過去も重荷も要らないだろ」
結理もある意味被害者なのだろう。この年齢で様々なものを背負わさせているのだから。
「君の名前、なんだったっけ?」
「色葉結理」
とても便利な薄い板で検索してみる。書物を探してそれから書かれている場所を見つけていたあの頃とは大違い。
「へえ・・、君も苦労するね」
「昔から思ってたけど、やっぱり成雨のこと嫌い」
「お互い様だと思うよ」
文字を打ち込むだけで彼の生涯が簡単に出てくる。淡々とした文字だけのそれには感情も苦労も何も無い。
千年近く前の文献がはっきりと残っていることも気になるが、それ以上に引っ掛かるのは複数の説が出てくること。故意的なものなのか、それとも未来が確定しない証拠なのか。
「とりあえず長生きしてね。その道は幸せだと思うから」
ただし、その道は自分たちも巻き込まれることは確実。書かれてはいないが、ちょうどいいからと仕事を与えられるのは目に見えている。
「お手柔らかにね?」
彩る夜に結ぶ 浅葱咲愛 @sakua_
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