第46話 転機

「夏牙ー、もっともふもふさせて」


「・・彩夜ちゃん、何かあったとか?」


以前と少しだけ様子の変わった燈依先生の家。話を聞けば、知り合いの幼児が時々来るかららしい。


「ありますよ。色々」


気持ちがごちゃっとして考えがまとまらない。おかげでモヤモヤしっぱなし。


「奏さんが何を考えてるのか・・」


優斗がこの時代にいることだって確実に奏さんの仕業だろう。


「これが思春期っていうやつですか?」


今でも時々頭の中に鳴き声は響く。それはより強くなってまばらに映像まで浮かぶようになった。


「どういう感じになるの?」


「ちょっと前まではある人のことが気になってて」


それで頭を悩ませていた。でも今度はそれがどうでも良くなるくらいの衝撃。


「何かを探しているんです」


「物?」


探しているけれど見つからない。絶対に見つけたくて仕方ないけれど、どこにあるのかわからない。


「柔らかくて、ふわふわでもちもちの・・青と黄色の何か。心当たりありませんか?」


「さあ、心当たりはないね」







      ・        ・          ・







「奏、俺に何をした!」


「結理やめろ!」


相変わらずの面を被った彼女に掴みかかろうとする主人を押さえる。身長が伸びてきた主人を捕まえておくのはなかなかに疲れる。


「あー、ちょっと色々ね」


あの日突然叫んで取り乱した時から何か変わった。それ以来あそこまでの変化はないけれど、昼間は少し言動が大人びて、夜になればうなされる事が増えている。


「君とあの子を会わせてあげたかったの」


「奏様、申し訳ありませんが、今日のところは・・」


その上、どうしてなのか教えてもいない体術を使い始めた結理を止めるのは難しい。


「俺と天花に何を!」


「それはついで。それより嬉しくないの? だーいすきな彼女とまた会えたのに。君の大事なものは全部残ってるよ。そして君が彼女にやったことを知るといいよ」


「残したことか? 約束を守れなかったことか?」


間違いなく結理だけれど、彼ではない。まるで中に別の人間がいるような。


「安心して、私は彼女の味方だもん。わかって欲しいのはもっと別のこと。正解は今でもわからないけれど君がやったことは間違いだった」


「・・今すぐ道を開けてくれ。会いに行く」


「今の君なら自力で通れると思うよ? でも、彼女はまだ覚えていない。無理やりなんてことをすると壊れちゃうかもしれないから気をつけてね」


それだけ言うと逃げるように彼女は消えた。


「結理、・・私には教えてくれないのか?」


「これは陸には関係ない。出かけてくるから。・・ちゃんと戻ってくるから待ってて」


そのうち、隠していることも教えてくれるか?その言葉をどうにか飲み込んだ。まだ信頼に足りないのか。

それでも結理が戻ってきたいと思える場所でありたい。


「待ってる。くれぐれも危ないことだけはしないように」


夜中に勝手に出て行かれないだけマシなのかもしれない。


「人に会ってくるだけ。行ってきます」






      ・          ・           ・






大して使い慣れない能力。それを無理やり使ったせいでとても疲れた。その上、予想以上に時間もかかって良い事がない。


「天花・・」


たとえ覚えていなくても謝らなければならない。それに今度こそそばにいたい。


見知らぬ森の中を気配を頼りに進むがこの時代ならではの柵があったりと思うように進めない。


「はあ・・」


夜目が効くおかげで夜の森でも困らない。困ることはこの体のだるさだけ。


「・・・!」


覚えのある気配がして変な汗が流れる。。しかもとても近くに。


方向を変えてそちらに進む。この時間に彼女の元へ行って仕舞えば迷惑になることくらいわかっているから。まあ、そちらに行ったって迷惑かもしれないけれど。


「! だれ?」


声がして襖が開く。彼女は目を丸くして驚きを隠せていない。他の面々も同じ。


「・・えっと、結理くん。どうして? こんな時間に・・」


「燈依、成雨、夏牙、桃」


名前を呼べば燈依は表情を固くし、成雨は困ったように笑い、夏牙はこちらを睨み、桃は涙を浮かべた。


「教えてくれないか。俺は天花に何をした」


彼女達なら知っているはず。あのあとを知っているのだから。


「・・せーうさま、ごはん!」


「たべるの!」


子供らしい高い声。3歳にも満たないような幼児がそこにいた。

一人は金色の髪に赤の瞳の女の子。もう一人は薄青の髪に海の青の瞳をもつ男の子。


こちらに気づいたらしいその瞳に見つめられて。


「・・・あぁ」


気配でわかる。親子はどうしてもその持つ色は似てしまうから。


「知らなかったんだ」


罪悪感がどんどん溢れ出る。

どうして彼女は教えてくれなかったのか。彼女がそもそも気づくはずがない。

もっと知識を教えておけばよかった。もっと気にかけていれば。彼女とは意思疎通すらやっとのことだった。感覚だけじゃなくてもっと。

もっと見ておけば。後悔したとて何にもならないのに。


裏音りお、そういうことよ。意味はわかっているでしょう?」


「とりあえず中に入ったら? まー、だれ一人気づいていなかったわけだから仕方ないとは思うよ」


「寒い・・ですよね。ごはんも食べませんか?」


彼らにも迷惑はかけて、今だってかけているのに。また受け入れてくれるらしい。


「二人の名前は?」


「・・氷音と海蘭。どちらも彼女が選んだ名前」


状況がわからないのであろう二人は首を傾げてこちらを見ている。


「一つ確認するけど、覚悟はある?」


成雨が縁側に立ち、人のものとは思えない綺麗な顔でそう尋ねた。

神の前では迷いも不安も捨てなければ。ダメなところを見せたらきっと大事なものを隠されてしまう。


「ある。二人に関わらせて欲しい。もう離したくない」


燈依が差し出した手を取ろうとして自分の手を確認する。森の中を来たものだから手も服も汚れている。子供がいる部屋に汚れを持ち込むのはよろしくないとパンパンと払う。


「・・でももう少し子供らしくしたほうが良いわよ」


「この状況で?」


「今のあなたは結理じゃない。彼を捨てるつもり? もしくは乗っ取られるつもり?」


彼と彼は元々思考が似ていたから違和感なく過ごせただけで、もちろん違いは存在する。


「おれはちゃんとここにいる」


陸のことを思い出す。そうすれば思考は幼い彼のものになってくれる。

大丈夫。まだおれはここにいる。負担になったとしても二人のことは絶対に離すものか。


ここは彼に任せて俺は見ておくだけにしよう。


「・・初めまして、氷音、海蘭」


「だれ?」


「ひよりさまの、おともだち?」


出会わせてくれでありがとう。会いに来てくれてありがとう。


「おれは結理。二人のお父様だよ」


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