第18話 モブキャラの持つ仮面

 愛理になるときは、閉店間際を選ぶ。


 そのままの姿でも過ごせるようにだ。


 姉さんたちもそのつもりで対応してくれているため、夕刻の時間にわたしが愛理の姿で過ごすことは我が家ではよくある光景になった。


 歩くたび、光沢ある黒髪が豊かになびく。


 生まれてこの方、どれだけ強風に襲われようが、しっかりとスタイリングしてコーティングしてみたり、もしくは手入れを怠って濡れたまま眠ってしまおうが一切乱れることのないボブヘア姿がトレードマークで、それが当たり前だったわたしは、愛理の美しいロングヘアに感激していた。


 風が吹くたびに流れるようにサラサラと靡くのだ。


 固まった物体が両サイドで安定のリズムを保ちながら動きつつある自分の髪と比べると夢のような光景だった。


 ほのかな香りを含むともはや無敵だ。


 人気のない庭先で夜風にあたって過ごすのが心地よくて好きになった。


 そして何より、愛理はうっとりするくらい美しい。


 もちろん依頼があった時だけなのだけど、彼女に変装することで胸を張って歩くことのできる自分がいることに気がついた。


 見知った道でも顔を上げて歩くと、世界が違って見えるから不思議だ。


 すっと立ち上がると、自然とメロディが脳裏に流れた。


 調子がいい。


 あんなに嫌だ嫌だと億劫だった舞いも心の底からわくわくしてきて、必要のないステップでさえ踏みたくなってくる。 


 リズムに合わせて愛理の髪はしゅるっときれい音を立てて美しい曲線を描く。


 ああ、楽しい。


 本番もこの調子で乗り切ることができたらいいのに。


 とはいえ、当日登場するのは地味で平凡なアイリーンわたし本人なのだから仕方がないけど、この調子で練習を続ければ自分にもできるのではないかという前向きで良い方向で考えられそうだった。


 このくらいきれいだったら……


 いつも叶うはずのない夢を見てしまう。


 もしかしたら物語の中でも少しは登場シーンをもらえたかもしれない……なぁんて思い、今日もまた首をふる。


 もうその件に関してはこだわらないと決めていた。


 それなのに時折こうして顔を出すこの不安感を完全に拭うことはできない。


 ここ最近はずいぶん落ち着いていたのに、今日はやけに心が揺さぶられるのはいろいろあったからに違いない。


 心がざわつく。


 明日の夜、他の舞姫の女の子たちに混ざって通しで練習をすることが決まっている。


 これはかなり気が重い。


 左手から背中にかけては術式が刻まれているため、あまり露出ができない。


 これは踊れるか踊れないか以前の問題で、衣装の面などでも迷惑をかけることがなければいいのだけど。


 平常心を保ちながらみんなの輪へ加わることができるよう心から願っている。


 愛理になるのはただただ自己満足と自己肯定感を高めるためだけではない。


 ぐっと左手に力を込める。


 小さな光が指先の間から生まれて消える。


 これが今持つわたしの唯一の力だ。

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