パールの首飾り 💅
上月くるを
パールの首飾り 💅
地方局の専務という男性からとつぜん電話があり、初老の紳士の来訪を受けた。
書店で見つけたエッセイ集に打たれたので、当局の番審をお願いしたいという。
番審とは番組審議委員会の略で、放送法で各局に設置が義務づけられているとか。
でも、テレビは、ねえ……他局からのコメンテーターの依頼も断ったばかりだし。
言葉を探していると、月一の番審のもようはニュースで概要をさらっと流すだけ、それより貴著に収録されている率直な意見がどうしても欲しいと重ねて言われる。
仕事柄、行政の各種委員もつとめていたが、雛壇の人形のように黙って座っていて欲しいという主催者側と合わず、医師の首長と対立してから全面的に辞任していた。
そんな苦い経験からまた苛められるのでは(笑)と警戒したが、地方局を開設した立役者(社長はキー局から派遣)はリベラルにスーツを着せたような人物に見える。
朝一の特急で駆けつけたしと押しきられ、平服での出席を条件にお引き受けした。それから毎月、隣席の女性精神科医とともに忌憚のない意見を述べさせてもらった。
🦚
こうして十数年が経過したあるとき、くだんの専務から電話があって開局二十周年記念誌の巻頭カラー口絵に八名の番審を紹介したいので写真を送って欲しいという。
今日の用事を持ち越すのがいやな性分なので、さっそくスタッフにデジカメで撮影してもらい、メールの添付ファイルで送信して、これにて一件落着のつもりだった。
だが、翌朝、遠慮がちの電話がかかって来て「たいへん恐縮ですが、できれば正装して専門の写真館で撮影を」とのお申し越し、いやはやこれはと、大いに恐縮した。
翌日、一張羅のホワイトベージュのスーツに、やはり出番なしだった真珠の首飾りを付けて駅前の写真館へ行き、如何にもの写真を撮影してもらいCDをお送りした。
🏢
会社を解散したとき、新聞コラムの執筆を含め社外の立場のいっさいを返上した。
各社とも「それとこれは別です」と引き留めてくださったが、潔く散りたかった。
歳月が過ぎ、お世話になった専務も引退されたが、あのよそゆき顔が載る記念誌がいまも役員室に並んでいるところを想像すると、隠遁者として、なんとも面映ゆい。
けれども、人前に出ることを極端に厭う現在のヨウコが、あのホワイトベージュのスーツを着ること、ましてや真珠の首飾りを付けることは二度とないかも知れない。
そう思うと、人並みの格好をしていた時代がたしかにあったことをハードカバー・金箔押し・箱入りの立派な記念誌に記録してくださった専務のご高配が身に沁みる。
パールの首飾り 💅 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます