第12話 それからの彼
「おい、あの話ってマジなのか?」
「わかんねぇけど俺のパーティーのやつが言うにはーー」
「うっそ、なんで? 何にやられたの?」
「つーかそもそもやられたのかどうかはっきりしてんのか?」
「マジだよ、ほら連れの女連中が報告にーー」
「じゃあ、本当に死んだんだ……」
ギルドには遠出の依頼から戻ってきた冒険者達がカイトが死んだという噂を聞いてざわめいていた。
「おいっ、マジでやったのか」
ギルド内の相談スペースで待っているとラタンが血相を変えてやってきた。
信じられないといった様相で半信半疑なのが伺える。
ラタンを呼びつけたのはトトフであったが、このぶんなら周りの噂を聞きつけて呼び出されていたに違いない。
「あぁ」
トトフは一言、静かに答えた。
そのあまりの落ち着きっぷりに違和感を覚えたのか、
「あぁ、ってお前」
「? なんでそんな顔してんだ?」
ラタンは戸惑っていた。
「いや、なんつーか」
しかし自身が感じているものを上手く言葉にできず、もどかしそうに頭をわしわしとかきむしる。
「まぁとりあえず座れよ」
「おう」
言葉の出ないラタンに対し、椅子に座るよう促してトトフは話し始める。
「作戦は成功した。お前が手伝ってくれたおかげで無事にあいつを殺すことができた」
「……協力しておいてなんだけどよ、本当に殺ったのか」
「当然。そのために協力を依頼したんだしな」
「まぁ、そりゃそうだが」
せっかく作戦が成功したというのに、何やらラタンの表情は優れない。
「正直いうと俺はお前が返り討ちにあうんじゃないかと思ってた。なんとか命だけは持って帰ってこれればと」
「命どころか五体満足だ。なんならもっと良いもんまでくれたよあいつは」
「良いもん?」
「まぁその変はいいんだ」
トトフは懐から取り出した布袋をゴトっと机の上に置いた。
「?」
「なんだよその顔は。成功報酬だよ、とっとけ」
「はぁ? でも俺もうもらったぞ」
「あんなの端金だろ、いいから受け取ってくれよ」
「端金ってお前……」
トトフがラタンに渡した金額は決して少額ではない。
ここ最近の依頼事情を考えればそう易易と稼げる金額ではない。
それを端金と言い張るトトフの言葉にラタンは今まで感じていた違和感を更に大きなものとなった。
「本当にいいんだな? 俺は普通に受け取っちまうぞ」
「だから良いって」
めんどくさそうに手でしっしと早く受け取るよう促すトトフを見て訝しがりながらもラタンは布袋を懐にしまう。
そのずっしりとした重みからおおよその中身の金額が知れる。
こんな大金をぽんと渡すとは。
「お前、こんだけ払っちまってこの先どうすんだよ。新しい剣とか買う金は」
「そんなもんまた稼げばいい」
しれっとした調子でトトフは言う。
「アイツが死んで、たしかにこの変の独占されてた依頼が回るようになるかもしれねぇけどよ。それは他の冒険者だって同じだろ? もう周りの連中まで奴が死んだってバレちまってるのに……」
「俺には関係ないさ」
「関係ない?」
どういうことだ、と目線で訴えるラタン。
「俺はこの後この街を出ていく」
「は!?」
がたっとラタンが腰掛けていた椅子が大きな音を立てた。
「出てくって。冒険者は、やめるのか?」
「あ? やるよ。もっと難易度の高い依頼を出してる国に行ってな」
「パーティーでも組むのか?」
「あー、それもいいかもな。基本ソロで、たまにパーティーを助けてやって」
「ソロって、お前一人で受けられる依頼なんて限度があるだろ、いくらベテランだからってソロで依頼を受けるならこの街で十分ーー」
そう言いかけたラタンの言葉に今度はトトフががたりと音を立てる。
「悪いが、ラタン。もう決めたことなんだ、グチグチ言うのは辞めてくれよ」
その突き放すような言い方にますます怪訝な表情になるラタン。
「……お前、どうしちまったんだ?」
「どうって?」
「なんか、おかしいぞお前」
「おかしくなんかないさ」
そこでトトフは言葉を区切り、
「これが今の俺。ただ前の俺とは比べ物にならないくらいに進化した」
「進化……?」
「顔馴染みのよしみだ、難易度の高い依頼があったら頼ってくれ」
しかしラタンが漏らした疑問の言葉にトトフは答えることなく、そのままギルドから出ていった。
ラタンは何がなんだかわからない顔をしたまま、突然豹変してしまったかのように様子のおかしくなった知人をただ見送ることしかできなかった。
ーー
一面の白、何を遮ることもないすべてが真っ白に包まれた空間。
床も、壁も、天井すら存在しない生命の気配一つない場所。
『ほんと、むこうの神にも困ったもんだ。こんだけバシバシ異世界人を送ってきちゃってまぁ』
しんと静まり返る空間に男とも女ともわからない声が落ちる。
『どれどれ、ここ最近の彼はっと。一、二、お! もう三人も。いいねぇさすがボクが目をつけただけある』
声はどこかを見ながら話しているようだった。
どことなく愉快そうな言葉。
『ふふ、あの子もいい感じに染まってきたみたいだしやっぱり量より質だよね』
しかしそれに答えるものは誰もいない。
『まだ少し向こうの気配が強いけど、このまま行けばきっとバランスは傾く』
くふふふと笑い声が響く。
『抗わなくていい、もっと素直に欲望のままに。心地よく溺れておくれ』
ーー
狩り人たちの街ウィドウ。
「おいてめぇ、ここはベルズさんの預かりの」
「知らね」
「ちょっと態度でかいんじゃねぇのか新顔がよぉ」
ツンツンした黒髪の青年を囲む筋骨隆々とした男三人。
「近いんだよおっさん」
「このガキーー」
頭を刈り上げた筋肉男がツンツン髪の青年めがけて拳を振り上げる。
「っ!?」
その拳が青年の顔を捉える直前、青年と筋肉男の間に歪みが生まれる。
「当たらないんだよね」
そのまま歪みはぎゅるぎゅるとねじれていき、
「がぁぁっ! 腕がっ!!」
ぶしゅっと嫌な音を立てて筋肉男の丸太のような腕が雑巾で絞ったような、いやもっと粗雑に変形させられた。
紙を力任せにクシャクシャに丸めた後のような見るも無惨な状態となった腕からは折れた骨が肉を裂き、皮を破る。
またたく間に血だらけとなった腕に驚愕する残り二人。
「お前っ」
激痛に悶絶する筋肉男の様を見て焦ったように武器を構えようとする二人だったがいつの間にやら二人の足もまた筋肉男と同様にくしゃくしゃに捻じ曲げられていた。
たまらず悶絶して倒れ込む二人。
「はー、どうせそうやって這いつくばることになるんだからさぁ。今度からはもっと人見て物言えよ?」
足元に転がった男三人が痛みに呻くさまを見てケラケラと笑うツンツン髪。
この街に集まる冒険者の中でもトップクラスに位置する冒険者パーティー。
そのうちの一つ、ロクシーというパーティーにこの男たちは所属している。
ロクシーは純粋な戦闘力を有したパーティーではなく、粗暴な見た目に反し日頃からコツコツとあらゆる種類の依頼をこなすことで堅実に実績を積み重ねてきたパーティーである。
しかしトップパーティーの一つであることには変わりなく、時に高難度のモンスターも狩りに出る彼らの戦闘力は決して低いわけではない。
そんなパーティーの構成員を一瞬にして三人蹴散らしてしまったツンツン髪の青年。
男たちが新顔と読んだ通り、彼がこの街に来たのはほんの一週間前だった。
さらに正確にいえばこの街ではなく、この世界に来たのが。
ーーちょろいなぁー、この世界
神様からもらったチートがアレばこんないかついやつらでも瞬殺。
誰も彼も俺より弱い雑魚ばっかり。
モンスターも適当やってても簡単に倒せるし、その素材だけ持って変えれば金の心配もする必要なし。
チートさえアレば食うにも困らない、死ぬ心配もない。
ーーまったく最高だなぁ
ものの一週間でこのあたりの人間で俺を知らないやつはいなくなりつつある。
今や街を歩くだけで人が道を開けるほど皆自分を恐れている。
その視線が俺にとっては心地よかった。
ーーそのうち適当に女を見繕うのもありだな……
今まではどこか元の世界で生きてきたルールのもとに動いていた。
しかし三日前、襲いかかってきた冒険者崩れを撃退し殺した瞬間自分の中にあった衝動が弾けた。
人を殺した、だというのに誰も俺を咎めるものはいない。
この世界は前の世界とは違う。
たとえ人を殺そうがそれが悪人であるなら誰に捕まることもない。
いや、それどころか俺のこの力があればたとえ俺を捕まえようとしたって逃げ切れる。
撃退できる。
そう気づいてしまってから俺は目の前がぐっと開けるような錯覚を感じた。
もっと好きなようにしてもいいんだと、理解してしまった。
そうしてやってきた新しい街。
今絡んできたような輩を力ずくで黙らせると周りの人間は俺を逆らっちゃいけない人間として扱った。
目線を下げ、俺に目をつけられないように距離をとる。
その臆病な様はひどく痛快だった。
身に溢れる全能感。
その中に見え隠れする俺の中の凶暴な欲求がもっと自由にさせろと俺に訴えかけてくる。
ーーこの力があれば俺は……
ニヤリと知らず知らずのうちに口元が緩む。
「なんだーー」
「おいお前ーー」
遠巻きに見ていた野次馬の群れ。
その一角から数人を蹴散らしながら男が現れた。
「あん?」
男はまっすぐこちらへ近づいてくる。
誰だ。
眉をひそめてその顔を見ようと凝視した瞬間。
ゆったりと挙げられた右手が眩く光る。
「!?」
ほとんど無意識的にチートを使っていた。
目の前の空間がぐにゃりと歪む。
その歪んだ空間にまっすぐ糸を引くようにして伸びた光が吸い込まれていった。
「なんだ……?」
今の攻撃、おそらく防がなければまっすぐ俺を貫いていた。
思わず自分の身体に触れた瞬間、
「がぁっ」
不意に走った激痛にうずくまる。
「なんだよこれ……」
見ればずるりと足元の地面が隆起し、鋭いすり鉢状の槍のように伸びて足を貫いていた。
「いやぁやっぱ便利だな。奪った甲斐があった」
ざっざと先程の男が近くまでやってきていた。
「光線を防ぐ力……魔法の詠唱は聞こえなかったしあの発動速度」
痛みに呻きながら顔をあげると男は不敵な笑みを浮かべていた。
身動きの取れない俺に向けて手のひらをかざす男。
「お前チート持ってるよな?」
その瞳はまるで何かに魅入られたように爛々と怪しい光を宿していた。
お前チート持ってるな? 青い夕焼け @yuyakeblue
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