踊って笑って生きてみよう
Nekome
踊って笑って生きてみよう
『期待の新生!!』
そう言われていた時代も、もはや久しい。
朝、私は全身鏡に自分の血色の悪い肌を映し、ため息をつく。
(シミが増えたなぁ……)
そう思いながら、私は身支度を済ませる。
年季の入ったテレビに映るのは、キラキラとした若者。
今時はああいうのが流行るんだなぁと思いながら、画面を見つめる。
ステージの上で踊りながら、黄色い声援を浴びている。私もあんな時代があったなと、遠い記憶を思い出す。
20代のころまでは奇跡のダンサーともてはやされたが、身体の旬が過ぎると、皆私なんかに見向きしなくなってしまった。
もう、気にしていないけれど。
まがいなりにも踊りを真似しようと、手足をクルクルと動かす。
「まだ、体力はあるみたい」
一通り踊り、息の切れていないことを確かめると笑みがこぼれる。
「さあ、もういかなくちゃ」
私はドアを開け、歩き出す。頭上には鮮やかな青空が広がっていて、昨日雨が降った後の水たまりが、キラキラと輝いている。
ああ、何てきれいなんだろう。
道に貼ってあるタイルの中から同じ色のタイルを踏んで、歩いていく。
子供っぽい、でも、ちょっと楽しい。
思い切って水たまりを踏むと、少しだけ服が汚れてしまった。でも、気にしない。職場に着けば、どうせ着替えるのだ。
そうやって遊びながら職場へ行く。
私は現在ダンス教室で先生をしている。かわいい子供たちと一緒に、ダンスを踊るのだ。
「ほんとに、宮本さんは若々しくて良いですね、私なんか……」
職場に着くと、私よりかなり年下の桜井さんが話しかけてくる。
「桜井さんの方が綺麗ですよ、足も細くて……」
社交辞令。
桜井さんは、毎日のように嫌味を言ってくる。
気色悪いと思うけれど、気にしない。
一言二言、記憶にも残らないような話をして、私は子供たちのもとへと向かう。
「先生!みてみて!くるって回れるようになったんだよ!」
キラキラした目。この目は私の心を洗ってくれる。
「すごいねぇ!」
そう言って、私は自然に子供の頭を撫でる。
子供はわかりやすく顔を赤らめて、ふふんっと自慢げに笑う。
かわいい。
「さて皆!今日もがんばろっか!」
パチンと手を叩き、始まるダンス教室。
「先生すごい!」
今練習している曲を手本として踊ると、子供たちは素直に目を輝かせて、凄いと言ってくれる。
「ねぇねぇもっと踊ってよ先生!」
子供たちに囲まれていると、昔に戻ったような気分になる。
もっとも、今の方が数百倍楽しいのだけれど。
「さあ、今日はここまで!みんな気を付けて帰ってね!」
パチンと手を叩き、終わるダンス教室。
休憩時間、私は鞄の中からおにぎりを出して、かじりつく。
今日は鮭のおにぎりだ。程よく塩辛くて、美味しい。
「ごちそうさまでした」
ご飯を食べ終わって水を飲み、子供たちのもとへと向かう。
「始めるよ!今日は合わせるから、みんな位置について!」
パチンと手を叩き、始まるダンス教室。
午後からは中学生にダンスを教える。
「ここはね、背筋伸ばしたほうがいいかも……そうそう!出来てる」
午前中に来た子供たちより、ちょっと控えめ。思春期で、態度が悪い時もあるけれど、なんだかんだ指示は聞いてくれる。
やっぱり、かわいい。
「さあ、お疲れさまでした!次回は、全体で通すつもりだから、頑張って練習してね!」
パチンと手を叩き終わるダンス教室。
これが終わったら、もう帰る時間。
私は絡んで来ようとする桜井さんから逃げるように、職場から出る。
外へ出て、歩き出す。頭上には夕焼けがふんわりと広がっている。出勤するときにあった水溜まりはすでに渇き、辺りには涼しげな空気が漂っていた。
ああ、とても気持ちがいい。
帰路の途中で見つけたのは、セール中という看板を下ろす、服屋。
ショーウィンドーに飾られた服はとても落ち着いていて、大人っぽい。
私は意外と童顔だけれど、似合う服はあるだろうか。
何着か服を買い、今度こそ、家路を辿る。
家に着き、お風呂に入り、ご飯を食べる。
幸せ。
数十年前は希死念慮が強く、未来に希望なんてないと思っていたけれど、生きていてよかった。
自分が幸せだと思えば、幸せになれるのだ。幸せは、案外単純なのである。
私は、明日死ぬかもしれないけれど、この体が付いてくる限りは。
踊って
笑って
生きてみようと
生きてみせようと思えたのだ。
踊って笑って生きてみよう Nekome @Nekome202113
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