後編
目的のダンジョンは地下階層型だった。青白い日光でミントブルー色に染まる荒野にぽつんとその入り口がある。
「扉に鍵がかかってる。当然か」
「下がってて」
鳩美が刀を袈裟懸けに振るう。金属製の扉がベニヤ板のようにバラバラとなった。
彼女のアサルトスーツはレベル85だが、レベルさえあれば誰もが同じ事が出来るとは思えない。達人の鳩美だから出来る。そういう凄みがあった。
「いくか」
俺の言葉に鳩美は黙ってうなずく。
普段は賑やかな鳩美だが、ダンジョン攻略中は途端に言葉数が少なくなり、必要な事が意外は一切しゃべらなくなる。まるで人の姿をした刃が隣にいるようにすら思える。
多分、これが本来の鳩美なのだろう。普段のギャル然とした振る舞いは、毒親に奪われた自由を取り戻すためにそうしているに過ぎない。
実際、生粋のギャルと鳩美を比べると明らかに違う。今まで自由を知らなかった生真面目なヤツが、自由の象徴としてギャルを手本として模倣しているのだろう。
扉の先は地下への階段が続いている。
鳩美が先頭を歩き、俺は背後を注意しつつ後に続く。
第一層に入った途端にモンスターが現れた。ゴブリンだ。どのダンジョンでも必ず出てくる。数は多いがレベルはたったの20しかない。
だがそのゴブリンは普通じゃなかった。
鎧を着ていた。どことなくアサルトスーツに似ている気がする。
鳩美が駆ける。KEスラスターを併用する彼女は風となって、鎧ゴブリンをバラバラに切り裂く。
常人なら本当に目も止まらないほどのスピードだが、俺は彼女の姿を捕らえ、援護射撃を行った。
アサルトスーツはただのパワードスーツじゃない。原理は不明だが五感の精度もブーストする。
俺たちは全力を出した。たかがレベル20のゴブリン相手に無駄な事をしたとは思わない。
少しでも普段と違うのなら警戒する。〈攻略者〉の鉄則だ。
事実、俺たちが全力を出したのは正解だった。
「ゴブリンの強さとレベルが釣り合ってないね」
「鳩美、〈経験値〉がゴブリンからだけじゃ無く、鎧からも出てきてる」
ゴブリンと鎧から吸収された〈経験値〉はレベル60に相当する量だ。
「鋼治、あーし嫌な事に気づいちゃった」
「俺もだ。多分、ゴブリンが来ている鎧はアサルトスーツだ」
「〈敵〉が技術をパクった?」
「かもな」
レベルと実際の強さが一致しない。これは想像以上にやっかいだ。敵のレベルは〈攻略者〉にとって貴重な判断材料だ。
「まあいいさ。あーしらはレベルが低いからって油断するような間抜けじゃない。そうでしょ」
まったくその通りだ。
これ以降、俺たちはいちいちモンスターのレベルを確認しなかった。全力を出し、最善を尽くす。実にシンプルだ。
一層、二層、三層と攻略していく。階層ごとの規模こそは小さいが、俺と鳩美が経験したどんなダンジョンよりも過酷だった。
それでも攻略は無理だとは感じない。危険を危険と正しく認識しているが、常に冷静でいられた。
正しいピースをはめ込んだジグソーパズルのように俺と鳩美の連携は完璧にかみ合っている。同時に、少しでも気を抜いたらあっという間に瓦解してしまう緊張感もあったが、不思議とその緊張感が心地よい。
鳩美がいるから楽しいのではない。
困難に立ち向かうのが楽しいからじゃない。
”鳩美と一緒”に”困難に立ち向かう”からこそこの充足感があるんだ。
やがて第5層に到達した。大部屋が一つあるだけの単純な構造。
そこには内部に光を蓄えた巨大な球体結晶があった。仕組みは分からないが、〈攻略者〉が球体結晶に触ると、〈依頼人〉はそのダンジョンを支配下におけるらしい。
大抵は球体結晶を守るボスモンスターがいるのだが、どういうわけかボスの姿がいない。
代わりに一人の〈攻略者〉がいた。
俺たちとは別口で〈依頼人〉に雇われたのか?
いや、道中で戦闘の痕跡は無かった。
「やっときたか、鳩美」
「その声、誠司?」
鳩美は刀を構える。
俺も銃口を鳩美の父に向けた。
俺と鳩美の〈攻略者〉としての直感が危険信号を発している。
「あーしを連れ戻すつもり?」
「連れ戻す?」
鳩美の父は鼻で笑った。
「ダンジョンを作った奴らが、ここを守るのと引き換えに、俺に剣の才能を授けてくれた。だから最強の剣士になる夢をお前に託す必要は無くなった」
「何が夢を託すだ。自分勝手なこだわりをあーしに押しつけてただけだろ」
「相変わらず、生意気な娘だ」
鳩美の父が刀を抜き、鳩美と全く同じ構えを取る。
「鋼治、誠司の言葉ははったりじゃない。〈敵〉があいつに才能を後付けしたのは間違いない」
達人は構えを見ただけで相手の実力が分かるってやつか。
「あいつらが授けてくれたのは才能だけじゃない。大量の〈経験値〉も与えてくれた!」
スーツのスキャン機能を誠司に使う。彼のレベルは100に達していた。
「世界一の才能と、最強のアサルトスーツ! お前らクソガキ二人程度、簡単に殺せる!」
「お前に手を貸してるヤツは、地球を破壊しようとしてるんだぞ!」
「はぁ~? 知ったこっちゃないね」
これでもかと腹の立つ態度だ。鳩美の父が、ヘルメットの下でぶん殴りたくなるようなにやけ顔をしていると容易に想像できる。
「俺に逆らった鳩美を殺せるならなんだっていい。それが俺の幸せだ!」
毒親、ここに極まれりってところか。 他人の不幸でしか幸福を感じられなくなったこいつは、もう人じゃない。ただのモンスターだ。
「死ね、 鳩美!」
誠司は刀を肩に担ぐような構えで突進してきた。 レベル100なだけあって、KEスラスターの推力はすさまじく、間合いを一瞬でゼロにした。
鳩美は真正面から防御するのは危険と判断したのだろう。半歩横に動いて誠司の刀を横からはじき、 斬撃をそらした。
俺もすでに動いている。 回り込んで側面から射撃した。
誠司が真上に飛び上がって回避する。
「いけ!」
俺は多数の光弾ミサイルを放つ。 射撃を回避されるのを見込んであらかじめ生成していた。
空中ではよけきれい。
だが誠司は素早く刀を振るって光弾ミサイルをはじいた。
ミサイルの動きは俺の思念と連動しているからどうにかして命中させようと制御する。
一発だけ命中した。だが防御の高いところに当たったらしく、戦闘不能には至らない。
「このクソガキ! 邪魔するんじゃない!」
誠司が怒りを俺に向けてくる。
俺はKEスラスターを逆噴射し、奴から離れながらライフルと光弾ミサイルで射撃する。
もはや誠司の俺に対する侮りがなくなったようだ。さっきみたいなラッキーヒットはなく、全弾を刀ではじいている。
スーツのレベル差もあって、俺と奴の間合いは見る見るうちに小さくなる。
ふん。俺を鳩美の取り巻きと思わず、真面目に対処すべきのはいいさ。
だがな、少しばかり視野が狭いんじゃないか?
俺の視界には真上から襲い掛かろうとする姿があった。
とはいえ、誠司もそこまで間抜けじゃなかったようだ。寸前で鳩美の奇襲に気づいた奴は、ぎりぎりのところで回避しやがった。
奴にしても余裕がなかったらしく、ごろごろとかっこ悪く床を転がる。
「残念だったな。そんな攻撃は俺に通用しない。ガキの浅知恵ってやつだ」
強がりだ。その証拠に声が震えている。今の鳩美の攻撃によほど肝が冷えたと見える。
無駄口をたたく暇があるなら攻撃の一つでもすればいいのに。くだらないプライドだ。徹頭徹尾、こいつは自己満足のために生きている。
俺は一瞬だけ鳩美とアイコンタクトする。これまでの攻防で誠司はおおむね把握した。 鳩美が刀を肩に担ぐ。誠司が最初に繰り出した突進技と同じ構えだ。
「そんな見え見えの技が当たると思ってるのか?」
お前だって同じ技使ったじゃないか。
誠司は刀を水平に構える。鳩美の突進に合わせて横一文字に両断するつもりだろう。
鳩美が仕掛ける。
最大推力のKEスラスターで一気に間合いを詰めた。
「もらった!」
誠司が勝利の確信を得てカウンターをくりだそうとした瞬間、鳩美の背後から現れた多数の光弾ミサイルが奴に襲い掛かる。
そう、俺は鳩美が突進技を繰り出すと同時に、彼女の体で隠れるよう光弾ミサイルを発射していたのだ。
「何!?」
奴にとって全く予想外の攻撃だったらしく、あろうことか動きを一瞬だけ止めてしまう。
光弾ミサイルは全弾命中し、鳩美が繰り出した刃は奴の片腕を切断した。
「あ、ああ! 腕が! 俺の腕が!」
誠司はまだ生きていた。腕の激痛にのたうち回っている。
「くそ! どうしてだ! 俺は剣の才能を手に入れて、スーツのレベルだって高いのに!」
本人は気づいていないようだが、別に誠司は最強になったわけじゃない。
戦ってすぐ分かった。誠司は実戦が今回初めてだ。才能が有ろうと、アサルトスーツのレベルが高かろうと、実戦経験が乏しければそれを生かせない。
俺も鳩美も数えきれないほどの経験を積んでいるからこそ今の実力がある。
ましてや鳩美は何度も自分よりレベルの高いモンスターを倒してきた格上殺しだ。彼女相手に、レベルが高い程度で勝とうなんて甘いにもほどがある。
情けない大人だ。俺と鳩美は軽蔑のまなざしを誠司に向ける。
結局、誠司は俺と鳩美の二人を相手取るほどの実力者ではなかったのだ。
鳩美が刀を構える。とどめを刺すのだろう。
「ま、まて。待ってくれ。俺の負けだ。命だけは見逃してくれ」
誠司が命乞いをする。
「心を入れ替える! 俺がお前にやってきたことを一生かけて償う。だから、殺さないでくれ」
殺す気が無くなったのだろう。鳩美が刀を下ろす。
「引っかかったな!」
誠司は無事な方の手で刀を握り、鳩美の喉を突き刺そうとする。
だが刃は彼女に届かない。
誠司が動いたと同時に俺はライフルの引き金を引いていた。
光弾に貫かれた奴は何が起きたかわからぬまま絶命する。
「鋼治……」
「さっさとダンジョンを制圧しよう」
俺が球体結晶に触れると中の光が消える。多分俺のアサルトスーツを通じて〈依頼人〉が何かをしたんだろう。
ダンジョンが停止してテレポートの妨害も消えたので、俺たちは地球へ戻った。
「依頼達成だな。〈依頼人〉から報酬が入ってる」
確認すると一子が言っていた量の万能物質が〈リング〉内に入っていた。
「帰りにメシでも食うか?」
鳩美は無言で首を横に振る。あんなことがあったんだ、無口になるのも仕方ない。
こういうときはしばらくそっとしたが良いかもしれないな。
「これからも俺は鳩美と組みたいと思ってる。気持ちの整理が付いてまたダンジョンに行く気になったら連絡してくれ」
俺は鳩美の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちているのに気づいた。
「あーしが油断したせいで鋼治を人殺しにしちゃった」
「あんなのでも親なんだ。改心するかもしれないと期待するのは自然なことだろ」
「でも」
俺は鳩美の言葉を遮るように言った。
「それに、もし誠司が命乞いをしなかったら、お前は覚悟を決めたはずだ。状況の流れでたまたま俺が手を掛けただけ。これはそういう話だ」
俺は鳩美が親殺しをしなくて良かったと思ってる。手を汚すだけの価値はある。でもこの思いは口に出さない。
俺は鳩美に恩や負い目を感じて欲しくない。そうなった瞬間に俺と鳩美は対等では無くなる。
鳩美がひしと俺を抱きしめ、顔を胸にうずめる。
「ありがと、鋼治」
「そんな風に恩を感じる必要は無いよ」
「じゃあ、鋼治は美少女のあーしにハグしてもらった事を恩に感じてよ。そうすればチャラでしょ」
鳩美の理屈におもわず笑みがこぼれてしまう。
「ありがとう、鳩美」
「どういたしまして」
鳩美が顔を上げる。
俺の太陽は再び輝いていた。
ダンジョンハック・アサルト 銀星石 @wavellite
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます