ダンジョンハック・アサルト

銀星石

前編

 青ざめた太陽が頭上で煌々と輝いている。

 ビルの屋上で俺は異星の街を見る。青い日光に照らされた建物たちは、恐怖で凍りついたかのように青ざめていた。

 屋外型ダンジョンにいると俺は異星の大地にいると実感する。

 

 千光年。この惑星と地球との距離だ。普通なら到達不可能だった場所も、〈依頼人〉の超科学のお陰で、今やコンビニに行く感覚で往復できるようになってる。

 俺はこの場所を街と表現したが、実際それが本当に街であるかは少し自信がない。

 建物の全ては窓も入り口がない。サイズが異なる直方体が立ち並び、その間に道路らしきものが敷かれているから「街」と思ったに過ぎないのだ。

 

 ただし、住民はいた。

 少し離れた場所にそいつらがいた。

 学者で無くとも一目で地球のものでないと分かる異形の生物の群れ。俺たち〈攻略者〉はファンタジーの怪物になぞらえてゴブリンと呼んでいる。

 ゴブリンと言えばファンタジーのやられ役の代名詞みたいなもんだが、こいつらそんな生やさしい相手じゃ無い。

 

 ヘルメットのバイザーに表示されるゴブリンの推定レベルは50。アサルトスーツなしだったら人間なんて手も足も出ない。

 奴らの手には資材加工用とおぼしきレーザーカッターが握られている。おもわず自分が細切れにされるのを想像してしまった。

 やつらに気づかれないうちに先制攻撃し、そのまま全滅させるのが理想だ。

 俺の思考をスーツが読み取り、握りこぶし大のエネルギー弾を周囲にいくつか生成する

 スーツがゴブリン達をロックオンした。


「いけ」


 俺が静かにつぶやくと光弾ミサイルが怒り狂った蜂のようにゴブリンへ襲いかかった。

 ほとんどのゴブリンは光弾に胸をつらぬかれて絶命するが、勘の鋭い1匹が直前で避けた。

 生き残ったゴブリンがぎろりとこちらをにらみ走ってくる。俺はビルの屋上にいるが、ヤツは足の裏に吸盤があるかのように壁面を駆け上っていく。


 俺はライフルを構えた。

 二度引き金を引く。銃口から光弾が発射された。

 一発目、ゴブリンは横に飛んで避けた。

 ゴブリンが避けた先に二発目が到達する。

 腹を貫かれたゴブリンが両目を大きく開く。ヤツに感情があるかわからないが、少なくとも俺には驚いているように見える。

 

 倒したゴブリンたちの死骸からかすかに青みがかかった白い光の粒子が立ち上る。それらは吸い込まれるように俺のスーツに吸収された。

 モンスターの体内には、未知のエネルギーが内包されており、これを吸収するとアサルトスーツの性能レベルが強化される。

 その性質から俺たち〈攻略者〉はこのエネルギーを便宜上、〈経験値〉と呼んでいる。


 俺はスーツのバイザーに今日の討伐数を表示させる。先ほど倒したゴブリンどもでちょうど30体。

 討伐報酬を暗算する。そろそろ帰ろう。経験上、まだいけると思った時が帰り時だ。

 やる気のある〈攻略者〉ならスーツのレベルを上げるためにモンスター狩りを続け、あるいはこのダンジョンを攻略するために中枢部へと進むだろう。だけどそれにはリスクが付いてくる。俺はそのリスクを乗り越えるだけのメリットを見いだせない。


 帰還ポイントへと向かおうとした時、ヘルメット内に電子音が鳴り響く。

 他の〈攻略者〉から発せられた救難信号だ。

 どこかの誰かが追い詰められ、死にかけている。

 一瞬だけ迷った。他の〈攻略者〉を助ければ追加報酬をもらえるとはいえ、赤の他人のために命をかけられるのだろうか?

 やれと俺は俺に命じた。それは正しいのだから。


 俺はスーツのKE運動エネルギースラスターを最大出力にして救難信号の発信元へ急いだ。

 異星の街を俺は弾丸のように駆け抜ける。

 救難信号を出した〈攻略者〉を見つけた。彼は自分の身長ほどはある物理大剣を振り回して、ゴブリンの大型種、オークと戦っていた。

 ヘルメットのバイザーに大剣使いのレベルが表示される。レベル76。だが高レベルの割に動きが素人だ。


「レベルバカか」


 思わず舌打ちする。〈攻略者〉がパーティーを組んでいた場合、〈経験値〉はメンバーに均等に割り振られる。だから、たまに他人に寄生して〈経験値〉を稼ぎ、実戦経験を積まずにスーツのレベルだけを上げた素人が出てくる。

 俺はオークの背中を狙ってライフルを連射する。

 光弾は直撃するが、しかし雨のしずくのようにはじけ飛んだだけで何のダメージも与えられなかった。


 それでもオークは攻撃されたと知覚し、振り返って俺を見る。

 今度は顔面を狙って撃つ。だがこの攻撃も、オークは顔を手のひらで防御した。

 頭が弱点か。そうでなければわざわざ防御しない

 オークはボクサーのように拳で頭をガードしつつ一気に踏み込んできた。

 大人の頭ほどはある拳のアッパーカットが襲いかかってくる。

 俺は拳を足裏で受け止めつつ、KEスラスターを噴射してオークの頭上へ飛び上がる。


 俺はライフルを連射して光弾を雨あられと浴びせた。オークは手のひらで頭を防御する。

 狙い通りだ。

 俺はオークに見えないよう背後に生成した光弾ミサイルを操って、がら空きとなった正面から撃ち抜いた。

 絶命したオークの体内から〈経験値〉が湧き出して俺のスーツに吸い込まれる。


 あの大剣使いは、オークの注意が俺に向いたとたんに逃げ出してもういない。

 俺はありがとうの一言もなく消えた大剣使いを不愉快に思った。かといって見返りが無いから人助けをしないのは、自分が卑しい人間になったようで、それはそれで不愉快だ。

 俺は思いっきり息を吸い込んでデカいため息をついた。どんなに不愉快でも我慢してやらないといけないが人命救助だ。

 余計に疲れた。早く帰ろう。


 

 後に〈依頼人〉 と呼ばれる異星人のファーストコンタクトは俺が生まれる少し前だった。

 ある日突然、14歳から40歳までの全地球人の腕に〈リング〉が出現した。

 〈リング〉はある種のスマートデバイスで、異星人からのメッセージが記録されていた。その内容を要約すると、異星人は地球人にダンジョンを攻略して欲しいとのことだ。

 そして報酬に万能物質を渡すという。

 それは名前の通りの物質だった。

 

 燃料として使えば、 角砂糖1個程度の量で一般家庭10年分のエネルギーを生み出す。

 万能物質を混ぜて作れば、あらゆる製品の性能が上がった。

 肥料として使えば、あっという間に栄養満点の作物が大量に育つ。

 万能物質は地球の資源問題をほとんど解決したといってもいい。地球上の国家にとって万能物質の獲得量は国力そのものとなった。

 

 まるでゴールドラッシュのように、世界中でダンジョン攻略に乗り出した。

 もちろんモンスターとの戦いは死の危険と隣り合わせだ。

 いくら万能物質が魅力的とはいえ、 そこまで地球人がダンジョン攻略に積極的となれたのは、〈依頼人〉がダンジョン攻略のために地球人に渡したパワードスーツのおかげだった。


 彼らが暴行用アサルトスーツと呼ぶこの兵器のおかげでダンジョン攻略が成り立っている。

 当然だが、いくらアサルトスーツが強力な兵器でも、毎年かなりの人数がダンジョンでモンスターに殺されている。


 マスコミはその事実を自己責任という言葉で封殺し、社会発展のためにと人々をダンジョン攻略に駆り立てる。

 正直、万能物質が欲しいあまりに人の命の価値が軽くなってるとは思ってるさ。でも今の時代は親を失った俺にとってはありがたかった。

 家族の思い出が詰まった家を手放すこともなく、ちゃんと学生をやりつつ、唯一の肉親である妹を苦労させないだけの金を稼ぐ。そういうわがままを突き通すにはダンジョン攻略しかなかった。


 この日も、学校が終わった後にダンジョンへ向かってモンスターを討伐してきた。

 テレポートで地球に戻ったとき、俺は元の制服姿に戻っていた。アサルトスーツは地球上では〈リング〉内の収納空間へ強制的に格納される。

 攻略中に破損しても、一晩たてば元通りに直っているので多分〈リング〉内でメンテされてるんだろう。

 ファーストコンタクトからずいぶん経つが、地球人は〈依頼人〉が何を考えているのか全く分かっていない。

 

 彼らは自分たちの事をほとんど語らない。せいぜい〈リング〉やアサルトスーツの使い方を教えるくらいだ。

 なぜダンジョンを攻略したいのか。どうして地球人に依頼してくるのか一切不明だ。〈依頼人〉って呼び名も彼らがそう名乗ったからではなく、地球人が便宜上そう呼んでいるだけだ。

 俺は万能物質の換金所へと向かった。いわゆる和製ファンタジーにおける冒険者ギルドのように〈攻略者〉達のたまり場にもなってる。


「あ、あいつ」

「一匹狼の黒井鋼治だ」


 俺は自分がホームにしてる換金所ではそこそこ顔が知られていた。

 〈攻略者〉は命がけの仕事だ。だから普通はパーティーを組んで攻略に挑む。だけど俺は、ずっと一人でやってきた。そのせいでいつの間にか一匹狼なんてあだ名がつけられてしまった。


 〈リング〉内の収納空間には今日の報酬として万能物質が〈依頼人〉から転送されていた。それを換金所に納品すれば、レートに応じた現金が口座に振り込まれる。

 さて、帰るとするか。

 家にいる瑠璃子に何か買ってきて欲しい物があるか確認するため、スマートフォンを取り出す。


「げ」


 思わず声を上げてしまった。メッセージアプリに未読が13件、電話の方は不在着信が3件入っていた。全部、妹からだ。

 とりあえず、電話を掛ける。


「お兄ちゃん! またダンジョンにいってたんでしょ!」


 ワンコールですぐに出てきた瑠璃子の声が槍のように俺の耳を貫く。


「仕方ないじゃ無いか。金は稼がないと」

「家の相続税とローンはもう払い終えたじゃない。これ以上、〈攻略者〉なんてあぶない仕事でお金を稼ぐ必要なんてないわ」

「普通のバイトじゃお前が大学を出るまでの学費が稼げない」

「奨学金があるじゃない」

「あんなのただの借金じゃ無いか。借りたが最後、10年20年も稼いだ金を持ってかれるんだぞ」


 俺がことごとく反論して瑠璃子は黙ってしまう。


「お前も〈攻略者〉をやるのもなしだぞ」

「分かってるよ。でも絶対〈リング〉は捨てないから」


 先月14歳になった瑠璃子も〈依頼人〉から〈リング〉を送りつけられている。

 本当は捨てさせたかった。でも俺に万が一のことがあったとき、瑠璃子が一人で金を稼ぐ手段は必要だ。


「お兄ちゃんが〈攻略者〉を続けるのは分かったわ。でも、せめて仲間を見つけてよ」

「それは……」

「あんなことがあったんだから、お兄ちゃんの気持ちは分かるよ? でもみんながみんなあんな人たちじゃ無いわよ」


 理屈では分かってる。これは俺のくだらない感情の問題だ。


「分かった。努力するよ。それで、帰りに何か買ってきて欲しいのはあるか?」

「トイレットペーパー買ってきて。一番安いの」



 今日は休日だ。 普段なら稼ぎ時なんだが、昨日の瑠璃子とのやり取りがあるからさすがにダンジョンには行きづらい。

 そういうわけでぽっかりと空いた時間を有意義に使うため、俺は勉強に打ち込もうと思った。元々、ずっと〈攻略者〉を続けるつもりはない。ちゃんと大学を出てまともな職に就きたいのだ。


 だけど集中力は1時間もしないうちに途切れてしまった。〈攻略者〉をやるのならせめて仲間を見つけてほしい。瑠璃子の言葉が脳裏をよぎる。

 スマホには〈攻略者〉用のマッチングアプリをインストールしてある。まだ自分のプロフィールを登録していない。

 世間様から一匹狼だと思われてる俺みたいなやつでも、アプリを使えば一人か二人は声をかけてくれるだろう。

 

 俺はそれが怖かった。

 相手を信用するのが怖い。そしていちいち他人を疑ってかかる自分が情けなく思える。

 そういう気持ちがあるから、 いざ仲間を探そうと思ってもなかなか踏ん切りがつかない。

 でも瑠璃子を安心させるためにもやっぱり仲間は……

 その時、家のチャイムが鳴った。


「はーい」


 部屋の外から瑠璃子の声。 応対はまあ任せても大丈夫だろ。


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」


 しばらくすると珍しく慌てた感じで瑠璃子が俺のところに来た。

 

「どうした?」

「びっくりするくらいの美人がお兄ちゃんに会いたいって!」


 俺に? えぇー、変な奴じゃないといいな。そういうのって大抵は幸運の壺とか買わされたり、変な商売の片棒を担がされたりするんだよな。

 まあ愚痴ってても仕方ないか。とっととお引き取り願おう。

 俺はしぶしぶ玄関へと向かう


「悪いけど、 寄付とか勧誘だったらお断り……」


 うお!? すっげえ美人!!


 俺の目の前には、語彙力のある奴なら原稿用紙数枚分の誉め言葉が出てくる絶世の美女がいた。


「黒井鋼治様ですね?」

「あっはい」

「私、こういうものです」


 美女がすっと名刺を差し出す。

 え、ええっと。名刺ってたしか受け取る側にもマナーかなんかあったよな。

 若干テンパりながら両手で受け取った名刺にはこう書かれていた。


『対地球人コミュニケーション用ヒューマノイド型生体端末・佐藤一子』


「あの、この肩書き、何?」


 俺のしごく当然な質問に彼女は無表情で答えた。


「私はあなたたちが〈依頼人〉と呼ぶ地球外知生体の一人です。端末名・佐藤一子は地球でいうところの生体ロボットであり、私はこれを遠隔で操作しております」

「嘘だろ」

「事実です。証拠をお見せしましょう」

 

 直後、俺の腕にある〈リング〉が勝手に起動した。空中に画面が出現し、そこに文章が表示される。

 

『あなたの〈リング〉の制御権を佐藤一子の操縦者が一時的に取得し、このメッセージを送信しています』


 これまで世界中の科学者たちがリングの仕組みを解明しようとして、すべて徒労に終わっている。こんな風にリングを操作できるとするなら、それは〈依頼人〉以外には考えられない。


「わかった。 信じるよ」

「ありがとうございます」

「でも、なんで生体ロボットなんかを使ってるんだ。直接顔を見せればいいじゃない

か」

「地球人は自身とは異なる人種に対しきわめて激しい拒絶反応を見せます。あなたとの円滑なコミュニケーション実現のため、日本人型の生体端末を使用するのが適切と判断しました」

 

 差別感情を警戒してってことか。ふーむ、今まで全然姿を見せなかった割に、〈依頼人〉たちは地球人のことを見ているようだ。


「それで、その〈依頼人〉が俺に何のようなんだ?」

「内密で受けていただきたい依頼があります。報酬は……」


 一子の告げた報酬は、現金に換算すると瑠璃子の大学までの学費をまかなえるだけの額だった。


「分かった受けよう」

「ありがとうございます。つきましては依頼内容を説明するため、私に同行願います」


 瑠璃子が俺の腕をつかみ、不安そうに見上げる。目が行って欲しくないと言っている。


「お兄ちゃん」

「大丈夫だ」


 瑠璃子が渋々手を離した直後、俺は見知らぬ家の玄関にいた。


「ここは?」

「本件に携わっていただくもう一人の〈攻略者〉の自宅です」


 その家は少し変わった構造をしていた。2階建てなのだが、1階が道場になっていた。

 その道場には木刀を握って素振りをしているジャージ姿のギャルがいた。

 そう、ギャルだ。木刀の素振りという余りにイメージが結びつかないことをやってるので、ふざけているのかと思ったが、その顔は真剣だった。


「なんだ一子さん、来てたんだ。そいつがあーしの相棒?」

「はい。黒井鋼治さんです」

「マジで? あんたがあの一匹狼?」

「そうだ」

「よろしくね、あーしは」

「赤木鳩美、だろ」


 相手が名乗る前に俺はその名を口にした。

 

「あ、知ってたんだ」

「そりゃな。格上殺しの赤木鳩美は有名だ」

「その二つ名、可愛くないからあーし嫌いなんだけどね」


 気持ちはわかる。けど、何度も自分よりレベルが上のモンスターを倒したんだから仕方ないと思うぞ。


「まー、とにかく立ったままじゃあれだし、テキトーに座ってよ。座布団無いけど」

 

 それから俺たちは思い思いに道場の固い板張りの床に座る。


「じゃー一子さん、あーしらに秘密の依頼ってのを教えてよ」

「分かりました」


 今まで地球人とほとんど接触してこなかった〈依頼人〉からの秘密の依頼。ちょっと緊張してきたぞ。


「ダンジョンの管理者、地球文化において〈敵〉と表現される存在が、地球の破壊を計画しています。我々はお二人に、地球破壊装置を開発しているダンジョンの攻略を依頼します」


 想像以上にぶっ飛んだ話が出てきて思わず言葉を失ってしまう。

 鳩美「マジで?」って顔をしている。


「ええっと、ダンジョンの管理者が俺たち地球人を目障りに思ってるのは分かる。で、その〈敵〉ってどんな奴らなんだ?」

「あーしはどうやって地球をぶっ壊そうとするのかも気になるね」

「申し訳ありませんが、それらの情報の開示は禁じられています」


 俺は鳩美と目を合わせる。

 

「我々の態度が地球人に大きな不信感を与えているのは承知しています。情報を開示すべきと主張する者は〈依頼人〉の中にもいます。ですが総合的に判断した結果、不誠実を承知で秘密主義にならざる得ないのです」


 相変わらず一子は無表情のままだが、一子を操作している〈依頼人〉の言葉にはわずかながらの申し訳なさがありような気がした。


「わかった。そっちにも事情があるんだろう。俺は報酬さえちゃんと出してくれれば、それで構わない」


 一子の秘密主義に不信感が無いと言えば嘘になる。けどこの話から降りるつもりはない。

 大金が手に入るというのが理由の一つだが、それ以上に地球の危機からは目を背けられない。

 嘘の可能性はもちろんあるだろう。けどもし……もしもだ。これが本当の話で、解決できる可能性が最も高いのが俺と鳩美だったらどうする?

 断れば一子は次に見込みがあるやつに話を持ってくだろう。でもそいつがしくじったら? 俺が断ったばかりに地球が滅んだらどうする。

 

 俺が自業自得で不幸になるのは構わない。けど瑠璃子に不幸が及ぶのなら、その可能性がいちいち気にするのが馬鹿げてるくらい低かったとしても、俺は万難を排したい。

 さて、後は鳩美が受けてくれるかどうかだ。これから挑むダンジョンは普通とは違うだろうから、日本最強格の〈攻略者〉の力は必要だ。


「あーしも依頼を受けるよ。面白いそうじゃん」


 軽い感じで言ってはいるものの、鳩美の目は全く笑ってない。事の重大さを理解してると見て良いだろう。


「ありがとうございます」


 一子がからくり人形のように頭を下げる。


「地球破壊装置の完成には猶予があります。来週の水曜日にお二人を現地に送り届けますので、それまでにお二人は連携の強化をお願いします


 来週の水曜ってことは準備に使えるのは3日か。それまでに俺と鳩美はコンビとして上手くやれるようにならないといけない。


「よろしくね鋼治」

「ああ、よろしく頼む」


 俺は鳩美と握手を交わす。

 今まで俺は人を信用する事から目を背けてきた。けど、そうも言ってられない。

 出来るかどうかじゃない。やらないといけないんだ。



 それか俺たちは連携の練習のため、適当なダンジョンへ潜った。

 結論から言うとめちゃくちゃ上手くいった。ほんの数回の戦闘で、長年組んでいたかのように完璧に連携できるようになった。

 俺がライフルや光弾ミサイルで戦う中・遠距離スタイルに対し、鳩美は刀で戦う接近戦スタイルだからいうのもあるが、それ以上に俺と鳩美は馬が合った。


「うぇーい! おつかれじゃーん!」

「ああ、おつかれ!」


 準備期間の最終日、俺と鳩美は今日のお疲れ様会と明日の決起会をかねて、ファミレスで食事をしていた。


「いやーほんとマジびっくり! ツーと言えばカーというか? 誰かとここまで通じ合うのって、ふつーは十年二十年はかかるじゃん?」

「俺も驚いてる。こんなにも鳩美と上手くやってけるなんて思ってもみなかった」


 今までうじうじと人付き合いのなんたるかを悩んでいたのが嘘みたいだ。

 まるで血を分けた家族のように、それこそ瑠璃子と同じくらいの信頼を、俺はこの三日で鳩美に感じるようになった。

 俺と鳩美は最良のコンビだ。今日なんて小規模ながらもダンジョンを一つ完全攻略したくらいだ。

 ダンジョンの中枢部を守るボスモンスターは強かったが、俺と鳩美の敵では無かった。

ボスモンスターの討伐とダンジョン中枢部の制圧でかなりの報酬が手に入った。


「それにしてもさ、鋼治ってかなりあーしと息を合わせるの上手いじゃん。なんでずっとソロやってたん?」

「実は〈攻略者〉デビューしたとき、大人のベテランとパーティーを組めたんだが、そいつらに裏切られたんだよ。それで今まで人間不信になってた」


 するりと出てきた言葉に俺は密かに驚いていた。他人に話す事すら苦痛と思っていたほどの過去なのに、鳩美なら別に良いかと思っている。


「その時入ったダンジョンは難易度が低かったんだが、偶然隠し通路を見つけたんだ」

「あー、もしかしてアイテムがあると思って?」

「まあな」


 たまにダンジョン内にはアイテムと呼ばれる用途不明の道具があり、それを回収して〈依頼人〉に転送すると特別報酬を得られる。わざわざモンスターを倒すよりも安全に稼げるから、積極的に狙う冒険者は多い。


「けど隠し通路の先に高レベルモンスターが大量に待ち構えていたんだ。他の場所は駆け出しでもなんとかなる程度のモンスターしかいなかったから完全に油断した」

「それでどうなったの?」


 アサルトスーツにはテレポート機能が内蔵されているが、ダンジョン内ではテレポートを妨害する仕組みが働いている。基本的に〈攻略者〉はダンジョンの外に出るか、あるいは最深部を攻略してダンジョンの機能を停止しなければ地球に帰れない。

 

「ベテランの連中は俺をおとりにしてさっさと逃げてった。残された俺は、モンスターに見つからないよう必死に隠れながら帰還した」


 今思うとあれは本当に運が良かったと思う。聴覚とか嗅覚が鋭いモンスターがいたら、俺は今も生きてはいないだろう。


「なにそれ。初心者ほっぽりだして自分たちだけ逃げるなんてサイッテー」


 他人事だというのに、鳩美は自分の家族が酷い目に遭ったかのように怒っていた。ギャル然とした風貌の彼女だが、共感性が高くてけっこう人を思いやるヤツだ。


「あーしもベテラン相手にはあんまし良い経験はないなー。あーしが年下だからって何かにつけて「これが正しいんだ」、「これで間違いないんだ」って自分の流儀を押しつけてくるんだよ。ま、それで今まで上手くやってきたから仕方ないんだろうけど。誠司のサイテーっぷりと比べたらずっとましだし」

「誠司?」

「あーしのクソ親父のこと」 

「鳩美が親をクソ呼ばわりするってことは相当なんだな」


 短い付き合いだが、鳩美は本当に人に優しいヤツだ。そんなヤツが実の父親をクソ呼ばわりするって事はよほど酷いんだろう。


「マジでホントに酷いんだよ? あーしの実家、古流剣術の道場なんだけど、あーしに剣の才能があると分かったら、あの誠司は毎日ヘトヘトになるほど無理矢理稽古させてさ。友達とかも剣の道には邪魔って作らせくれなかった。お母さんが病気で死んでからはもっと酷くなって、大学進学すら認めなかったんだよ」

「もしかしてそれで一人暮らししてんのか?」


 鳩美の自宅には彼女以外の人の気配が無かった。


「まーね。〈攻略者〉やって稼いだ金でお母さんの友達だった弁護士を雇って、誠司と離れられるようにしてもらったんだ」

「すごい行動力だな」

「まーねー」


 鳩美がにやりと笑う。不思議と嫌みを感じなかった。 

 人生を変えるきっかけというのは自分で作らないと駄目だ。でも、それが出来るヤツはそう多くないだろう。鳩美はちゃんとやってのけた。素直に尊敬できる。

 鳩美は自らの輝きで人生の闇を取り払った。

 一方俺は、鳩美という太陽が現われるまで何もせず、ただ雨に打たれ続けたままだった。


 自分が情けなくなる。

 まずいな。一子からの依頼を達成するためにも「さあやろう!」ってガッツを持っておかないと駄目なのに、気持ちがどんどん後ろに向いてしまう。


「話は変わるけど、〈依頼人〉はなんだって俺たちにダンジョン攻略を頼むんだろうな」


 この陰鬱な気分を止めるため、俺は話題を変えた。


「あーしが思うに、もしかして〈依頼人〉は戦うって能力自体がないんじゃね? ほら、一子が『地球文化において〈敵〉と表現される存在』って言ってたじゃん? あいつらの世界に敵とか戦うって概念がないだよ」

「〈依頼人〉は暴力を振るう能力がないから、俺たちを傭兵にしてるって? そんなのありえるか?」

「当たり前の事が余所じゃ違うって良くあるんじゃん。だったらさ、宇宙全体からしたら、暴力を持ってる知性体がめっちゃ珍しいってのはありそうでしょ」

「ふーむ」


 言われてみると確かにそうだ。


「そう考えると、〈依頼人〉が自分たちの事をほとんど地球人に教えようとしないのも少し納得できるな」

「どゆこと?」

「〈依頼人〉は地球人を頼っていると同時に恐れているんじゃ無いか? この星はいつも誰かが誰かを殺して奪っている」

「あー、まーそうだよね。あーしらみんな極悪人って思われても仕方ないだろーし」

「〈依頼人〉は何らかの理由でダンジョンを地球人に攻略して欲しい。でもなるべく関わりたくないと思ってる」

「だよねー。もし〈依頼人〉の星に行けるようになったら、侵略してやろうって考えるアホはいっぱい出てくるだろーし」


 とはいえ、この場の話は全部想像にすぎない。実際はまったく違うことは十分あり得るだろう。

 この後はたわいない雑談をしていた。そして腹が満たされたあたりで決起会は終わりを迎えた。


「鋼治!」


 店前で分かれる時、鳩美が俺を呼んだ。


「明日、絶対に成功させような!」

「ああ! 絶対だ!」


 英気は十分養った。あとは本番に臨むだけだ。

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