ep.075 共同戦線

 ──反逆軍リベリオンのみなさん、こんばんは。


 リュエルの悠然とした微笑みに場は支配された。ホテルの廊下に武装をして立っている男たちの表情は警戒に満ちている。ただ一人、屈強な男たちの間をすり抜けるように歩いてくる女を除いて。


 橙色の髪の女は深緑色の目を細め、男たちに武器を下ろすよう手で指示をした。


「なぜ、私たちが反逆軍リベリオンだと分かった?」


 低い落ち着いた声だった。形の良い眉をひそめ、女はスラリとした指先を顎に当てる。


「簡単なことです。私は元々、ここがあなた方の拠点であると睨んでいました。そして、もしも拠点であるのなら、すべての部屋に盗聴器を仕掛けているはずです。反逆軍リベリオンの王である《茨の王スピーナ・レクス》なら、そうするでしょう。だから、私はあなた方に聞こえるよう反逆軍リベリオンの名を出したのです」


 先程の会話にて、反逆軍の話を持ち出したときに声の音量を上げた理由はそこにあった。


「私たちはまんまと君に炙り出されたわけだ! こりゃ、やられたな!」


 女は豪快に笑う。胸がすくような笑い声にぴりぴりとしていた空気が霧散していく。


「私はイリーナ・カルステッド、王さまからデアグレフ支部の代表を任されている。で、君は誰かなぁ?」


「私の名前はリュエル・ミレットです。共和国からやって来ました」


 ぺこりとリュエルが頭を下げると、イリーナを含めた反逆軍の面々が驚愕に顔を染めた。


「もしかして、君が──」


「はい。バーレイグの件ではご助力させていただきました。こちらのルカ・エンデの方なら、直接顔を合わせたことがある方もいらっしゃるかもしれません」


 ルカがふっと口の端を持ち上げる。


「どうやら君たちは敵じゃないようだねぇ。失礼したよ」


 イリーナは大きな身振りで両手を上げて振ってみせた。リュエルは微笑む。


「でも、君たちがどうしてノコノコこんなところにやって来たのかは訊きたいなぁ。こんな夜中に、共和国軍の軍服引っさげて、手負いの人間まで連れて」


「そうですね。流石に説明が必要でしょう……」


 リュエルは話す許可を取るように後ろのナタリアたちに視線を配った。説明が要求されるのは当然のことだ。ナタリアたちに拒否をする理由はなかった。


「私たちは共和国軍の参謀長官を敵に回しました。状況が変わるまでは国へは帰れません」


「つまり、匿ってくれと?」


 イリーナの片眉が跳ね上がる。


「そう解釈していただいても構いません。ですが、その分のお礼はいたします」


「ふぅむ、具体的には何をくれるっていうんだい?」


 ──私たちはあなた方、反逆軍リベリオンに対して全面的な協力を約束します。


 リュエルの明るい水色の双眸は鋭く輝いていた。だが、《茨の王》から支部長を任されるほどの女だ、そう簡単には飛びつかない。


「……どのくらいの足しになるんだい、それ? だって、君たちはたった五人だろう?」


「はい。ですが、こちらには《死天使ヘルエンジェル》と《死神グリムリーパー》がいます。これでは不足ですか?」


 イリーナの目が大きくなった。彼女の部下たちはとっくに浮ついている。共和国と帝国のいずれにおいても名高い最高戦力が仲間に加わるというのだ。真実なら、浮かれずにはいられない。帝国軍とガンマを相手に戦う反逆軍の戦力は常に不足している。戦況をひっくり返せるほどの戦力は喉から出るほど欲しいだろう。


「……証拠は? 突然、そんな伝説的な存在を出されたところで信じられるわけがない」


「ごもっともです」


 ナタリア、とリュエルが名を呼んだ。ナタリアはゆっくりとリュエルの元へ歩いていく。それはすらりとした身体つきの、天使と見紛うほどに美しい少女。赤茶の髪を揺らし、硝子のような琥珀の双眸でナタリアはイリーナを見つめた。


「わたしは何をすればいいですか? リュエル」


「どうしようか……、考えてなかった……」


 天才軍師リュエルは固まった。戦略や兵站などの戦を構築するための知識は持ち合わせてはいるけれど、戦闘レベルの知識はとんとない。それに、ナタリアは《死天使》だ。普通の天秤では天秤自体が壊れてしまう。


「そうですか。わたしの性能評価をしたいとのことでしたら、あなた方との戦闘を推奨します」


 リュエルが返答しないので、代わりにナタリアはそう言った。武器の威力を知っておきたいというのなら、試さなければ。


「ああ、それがいい。私も賛成だ。君たちはどうかなぁ?」


 適当にまとめ上げた髪を揺らし、イリーナは振り返る。部下たちは神妙に頷いた。どう見ても乗り気ではないが、戦闘で白黒付けるのが一番手っ取り早いことは理解しているようだ。


「じゃあ、私たちの中から一番強いやつを選ぼうか」


「いいえ、全員同時で構いません」


 ナタリアは機械的に言葉を続けた。


「わたしは個人で一個中隊を壊滅させられるようつくられていますから」


 アリアのつくった最高の暗殺人形であるという事実は、ナタリアが暗殺人形として壊れても決して変わらない。琥珀の瞳は硝子のように透き通って、がらんどう。人のものではないような無機質な視線に、イリーナが一歩後ろに下がった。


「…………私の負けだ。君が《死天使ヘルエンジェル》だと認めよう」


 降参だと両手を上げて、イリーナはひらひらと振った。ナタリアはこてりと首を傾げた。


「性能評価はよろしいのですか?」


「いいよ、君が嘘をついていないことは見れば分かる。それに、こんなオンボロホテルのどこで全員とドンパチやるっていうんだい? どう見ても無理だろう?」


 イリーナは大袈裟に肩をすくめると、リュエルに向かって手を差し出した。


「改めて、これからよろしく頼む」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 リュエルが手を握り返したことで、反逆軍との協力体制は成った。形としては反逆軍に匿ってもらうことにはなるが、戦力の面では大きな貸しを作ることができる。そして、反逆軍は五人を匿うだけで、比類のない戦力を得ることになる。悪くない取引だ。


「夜分遅くにすまなかった。ゆっくり休んでくれ。君たちの部屋の盗聴器は切っておくよ」


 イリーナは手を振って、颯爽と踵を返す。天井から伸びた糸に吊られているように真っ直ぐな後ろ姿には、誰もが惚れ惚れとするだろう。彼女に追従する男たちから、あねさん、と呼ぶ声が聞こえた。





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