ep.066 魔女の絵筆

 ナタリア・ガーデニア准尉が共和国特殊諜報部隊を離れて、四ヶ月。未だ知る者は僅かだが、リュエル・ミレットが《無名の魔術師アンシャントゥール》として活動を始めてからひと月と半分。


 ……そして、今は失われた共和国の港町で、ふたりの暗殺者が出会ってから九ヶ月。





 凍えた月のように美しい銀の髪、深い夜の藍の瞳。神が手ずから彫刻したような端正な顔立ち。誰もが目を惹かれる、そう、満ちた月を思わせる容貌の青年は夜闇の中にじっと佇んでいた。陽の光の元では多くの視線にさらされるはずの姿も、冷たく深まった闇の中では彼を目にする人もいない。


死神グリムリーパー》と恐れられる青年──ライ・ミドラスは、共和国の首都フライハイトの狭い空の下で柳眉を歪めていた。角張った住居が立ち並ぶただなか、ライは独り、立っている。


 任務を帯びていない今、ライがただ一人でハルバトアを出てフライハイトまでやってきている事態は端的に言えば異常だ。帝国の兵器として造り上げられた存在を野放しになどできるはずがない。だから、本来はハルバトアの拠点で大人しくしているよう厳命されていたのだ。


 けれど。


「……もう、悠長に待ってなんかいられない」


 呟いて拳を握る。


「ナタリア」


 少女の名を音に乗せる。腐食した月のような赤茶の髪と透き通った琥珀の瞳を持つ少女の姿が脳裏に閃く。


 心をもたない暗殺人形だった彼女が、ライの傍で心を知りたいと言ったのだ。ライから離れることを厭って、ライの軍服の袖を引いたのだ。幼子のように。


「……なのに、俺は」


 待った。駆け出してしまいそうな身体を必死で抑え続けた。人を待つとき、時間は長く泥のように重く感じられるのだと初めて知った。


 もう、十分待ったろう。


 これ以上重たくなる時間には耐えられない、そう思ってハルバトアを抜け出した。真っ直ぐにフライハイトに向かって、ナタリアを探しに。


 ふっと息を吐き出して、ライは目を細めた。落ち込む(たぶん)のはそのくらいにして、足を進めよう。ナタリアが活動しているという話は聞いていない。なら、閉じ込められているのだろうか。いずれにしても、軍本部に行けばきっと何かは分かるはず。


 そうして、ライは軍本部に易々と侵入を果たしていた。アリアのつくった兵器の性能は恐ろしいほどに優れているから、たかだか軍の総本部くらい簡単に入り込めるのだ。と、問題はそこからだった。


 ライはゆっくりと足を進める。緊張も恐れもなく自然体で動いていく。それだけで、暗殺人形として鍛え上げられたライには十二分に隠密の効果が与えられる。


 軍本部の建物は日が暮れてなお、人の気配が絶えない。錯綜する廊下や通路を人と監視の目を避けながら移動する以上、人目の少ない区画に迷い込むのも道理だった。


 ライは視線を巡らせる。数字の附された金属片が打ち付けられた扉が並んでいた。士官学校にいたときに与えられていた寮にどこか似ている。けれど、ここにある鋼色の扉はどれも異様なまでの圧迫感を持って並んでいた。まるで、金庫か檻のよう。人の住む場所ではないように思える。


「何なんだ、ここは」


 思わずもらした呟きは、ドアノブの付いた鋼の壁を滑って消えていく。ひやりとした空気を掻き分け、ライは再び歩き出す。


 もしも、ナタリアがここにいるのなら、早く連れ出してあげないと。


 決意を新たに進もうとしたライの背後に、すっと男が近づく。


 暗殺人形としての本能がライを動かした。見るという動作など、もはや必要ない。ただ、身体に刻み込まれた動きで足を相手の反応しえない間隙へ──。


「きゃーころさないで!」


 ひどく間の抜けた棒読みに、相手の胴へ吸い込まれかけていたライの足が止まった。皮一枚ほど手前でぴたりと静止した足の先、眩しい金髪の青年がぷるぷると震えている。けれど、彼の身体は、もしもライが足を振り抜いたとしても紙一重で避けられる位置取りをしていたことにライは気づいていた。そんな芸当ができて、かつ、なんだか残念な振る舞いをする人間はたったひとり。


「……どうしてアルバがここに?」


 碧眼が天を仰ぐ。首をもたげた怒りがすぐさま呆れに変わった結果の行動だ。


「お前な……、バカなの?」


「どこが?」


 きょとんとライは藍色の目をしばたかせる。アルバは仰け反って大きな溜息を三回もついた。


「あー、いやー、もー、うん、知ってた。お前、そういうヤツだもんな」


 アルバの脳内では色々と言いたいことが渦を巻いているようだが、ライには当然分からない。くしゃくしゃと頭をかいているアルバを見つめる。


「やっぱり後をつけて正解だったな。俺たちは今、特務に関わるなって厳命されてんの。だから、本拠地すらハルバトアに移された。確かに最初はルカたちの治療が目的だったけど、左遷されてんのと同じだ。そのじょーきょーで、なんで、わざわざ特務に首突っ込むかなぁ?」


 そう言われればぐうの音も出ない。ライは視線を少しばかり泳がせかけた。


「……でも、だからといってこれ以上ナタリアを彼らの好きにさせてはおけないだろう?」


 アルバの表情からすっと温度が下がったような気配があった。


「ああ、お前の言うことは正しいよ。正しいけど、今は状況の方が悪い」


 少し考えれば分かることだ。《死天使ヘルエンジェル》を手に入れた軍上層部が、《死神グリムリーパー》をどう扱うか。それも、命令に従わない厄介者だったのなら。ナタリアは少なくとも、ライのように状況を引っ掻き回しにはいかない、と考えれば。


 落ち着けば、ライにもすぐアルバの言わんとしていることは分かった。


「……悪かった。ありがとう、助けてくれて」


「はぁ……、それはここを出てから言ってくれ」


 アルバが顔をしかめてシワの寄った眉間を揉む。


「その、大丈夫か? 風邪でも引いた?」


 気遣わしげなライの視線を受けて、アルバがもう一度特大の溜息をついた。


 ライはアルバの後を追って、共和国軍本部を駆ける。曰く、いつかどこかのおバカさんがやらかすんじゃないかと思って軍本部の地理を調べといた、らしい。


「やっぱりアルバはすごいな」


「──ったりまえだろ、俺すげーんだから」


 そうやって得意げに言いふらすところが残念なところなのだけれど。ライは微笑んで、前を向く。アルバの気配殺しは完璧、ライの気配絶ちもアルバまでとはいかないけれど高い完成度にある。珍妙な逃走劇はこうして幕を下ろしかけた、しかし──。


 どたばたと騒がしい一階が階段を登りきった二人の前に姿を見せる。建物の入口付近では兵士たちが揉み合い、士官たちはばたばたと走り回っている。何やら大事が起こっているのは明らかだった。


「何が起きてるんだ……?」


「何であれ、巻き込まれるのはまずい。サッサとトンズラするぞ」


 足を止めかけるライの腕をアルバは引っ張る。好奇心はあるけれど、本来ならハルバトアに留め置かれているはず二人がここで見つかるのは間違いなくよろしくない。ライは騒ぎから視線を外し、アルバとともに人の波に逆らって裏手へ回る。


「とんずら、ぜんぜん、できないじゃないか」


 人混みで壁に押し付けられ、ライは呟く。


「しゃーないだろ、こんな混んでん、なんて俺も聞いてないよ!」


 潰れたカエルみたいな声でアルバが返事をした。軍本部の入口フロアは常に混んでいるが、騒ぎを冷やかしに来た者や入口からやって来る者などでもみくちゃになっている。やっとの思いで人混みから脱出した二人はすっかりぼろぼろになっていた。アルバの軍服はよれて、ライの銀髪も鳥の巣状態。どちらからともなく大きな溜息をついて笑った。


「……あー、酷い目にあった。女の子怒らせたときもこんなんだよ、ホントもう」


「それは君が怒らせるようなことをするからだろ?」


「まっさかー、そんなワケないだろ。なぜか頬っぺた引っぱたかれるの」


 苦笑しつつ、ライはボサボサの髪の毛を無造作に直した。軽く梳いただけで絹糸のような銀髪はするりと解けていく。軍服の埃を落としたアルバと共に出口へ向かおうとした矢先、人混みの中から一人の男が弾き出され、二人の目の前でぐしゃりと転んだ。


「ひぇ、人多すぎ……。あ、あの! あなたはライ・ミドラスさんでしょうか⁉ なんだか見覚えあるなって思って、追いかけてきたんですよ!」


 榛色の瞳がライの目をじっと見上げる。この顔には覚えがあった。確か、リンツェルンで帝国軍人に口答えをしてボコボコになりかけていた男だ。


「君は……、カイル・ウェッジウッドだったっけ?」


 アルバが眉を跳ね上げる。


「ひゃい! 覚えていて下さったんですね! えっと、階級は今は大尉です。なんか色々あって、部隊長とかやってます!」


「そうか、順調にやっているようでよかった。……ところで、そろそろ立たないか?」


 目をきらきらと輝かせてしきりにライに話しかけるカイルだが、体勢は未だに転んだときの格好悪い姿だ。見かねて立つように言えば、カイルは顔を赤らめて慌てて立ち上がる。


「それで、俺たちに何か用があるみたいだけど……」


「あ、えっと、そうなんです! 最近、なんか治安悪くて、やばいモノが動いてて。夜に紛れて人をけちょんけちょんにして殺す殺人鬼がいるみたいなんです。今のここの騒ぎもそれです。殺人鬼に仲間を殺された方が本部に転がり込んで報告をしていて、怖気付いた兵士たちまでなんかも巻き込んで、ワケワカメな感じになってて」


 アルバが神妙に顎に手を当てる。カイルのふわっとした話をライは吟味した。


「こんなこと、頼める立場じゃないってことくらい分かってるんです。でも、俺の部隊も殺人鬼退治に駆り出されることになってしまったんです。このままだと、確実に俺の部隊は全滅します」


 どうしようと途方に暮れていたところで、カイルはライの名前を思い出した。いつか港町で出会った彼の実力をなんとなーく知っていたから。


「いやぁ、まさかこんなとこで会えるとは思ってもみませんでしたけど」


 照れ臭そうに頭をかく姿に偽りはないように見えた。ライはアルバに視線を向ける。やけに深刻な顔をしていたアルバが、ライの目線に気づくまで幾ばくかの時間を挟んだ。


「俺たちの一存では決められないな。魔女様の判断を仰ぐべきだ」


「魔女様?」


「ああ、俺たちの上司だ」


 カイルの疑問にライが答える。


「もしかして、《智恵の魔女ミネルヴァ》様のことですか?」


「そうだけど……、知っているのか?」


「俺も少々縁がありまして……!」


 少し得意げに胸を張るカイル。


「それなら、許可も降りるかもしれない。返事にしばらく時間がかかるだろうけど、できる限りの努力をしよう」


 ホントですか!、とカイルの身体がバネのように跳ねてライの両手を握る。榛色の瞳は期待感で眩く煌めいていた。あまりの勢いにライは一歩後ろに下がって、顔を引きつらせる。カイルの方は感激しきってしまって、困惑しているライの様子には全くもって気づいていない。


「ライ、行こう」


 アルバの助け舟がなければ、しばらくはそのままだっただろう。ライは内心ほっとして、するりとカイルの手をほどく。


「あ、ああ、そうだな。カイル・ウェッジウッド大尉、また会おう」


「あっ! あの! ライ・ミドラス少佐のお隣の方のお名前を伺っても?」


 足早に歩き出すアルバとライの背にカイルが問う。アルバが小さな動きで応じて振り返った。


「アルバス・カストル大尉。お前と同じ階級だ、よろしく」


「前に、どこかで会いましたか?」


 アルバはきょとんとして、それから軽く笑った。


「それはお前の記憶違いってヤツだな」







 ***







 かちゃん、と陶器が擦れ合う硬質な音が通信機越しに響いた。さくさくと微かに聞こえるのは、砂糖菓子の音に決まっている。軍務中に高級品の砂糖菓子を貪り食うことができるとは、リュエルと通話している御仁はなかなかに良い身分でいらっしゃる。


「……少佐をアルバ大尉が止めてくれてよかったです」


 おもむろにリュエルが呟くと、通信相手が立てるさくさく音が消えた。今頃は頬をぱんぱんに膨らませて一生懸命菓子を咀嚼そしゃくしていることだろう。しばらくの沈黙を経て、共和国軍最高の参謀は厳かに口を開いた。


『全くじゃな。要らぬ弱みを奴らに握られるのは妾としても避けたい……。妾と特務はお世辞にも仲が良いとは言えぬからな』


《智恵の魔女ミネルヴァ》ソフィアが通信機の向こう側で金の瞳を細めたような気配がした。黄昏の温度を秘めた瞳から、読めるものはきっと何もない。


『して、妾もそなたの通り名を耳にしたぞ。《無名の魔術師アンシャントゥール》とはよく言うたものじゃ。そなたは妾の弟子ゆえ。そなたにはまだ面映ゆい名じゃろうが、似おうておる』


「……恐れ多いです、閣下」


 澄んだ水色の瞳を伏せ、リュエルは相手には見えないことを承知で軽く頭を下げた。


 けれど、魔女の弟子であるからといって魔女の下僕になったつもりは毛頭ない。互いに信用するには、あまりに二人は賢すぎた。必要があれば、ソフィアはいとも容易くリュエルを殺すだろうと身体の芯から理解している。むしろ、その点においては絶対に信頼できる。


 先程から唇を湿らせる動作を繰り返していることに気づき、リュエルはいつの間にか全身に余計な力が入っていることを自覚して苦笑した。


 戦いは、砂塵と血風に包まれた場所でのみ行われるものではない。今、この瞬間、発する言葉や見せる動きすべてが、戦い。リュエルが極秘裏にルカを帝国に送り、殺戮人形を共和国に呼び込んだように、ソフィアだってリュエルには見えない場所で数多の手を打っているのだろう。それを半ば確信しているがゆえに、いつだってリュエルは直属の上司に対して気を張ってしまうのだ。


「ずっと、お聞きしたかったことがあるのですが、聞いてもよろしいでしょうか?」


 今回の戦いの火蓋を切って落としたのはリュエルだった。


『うむ。何じゃ?』


「閣下は、この戦いの果てに何を望んでおられるのですか?」


 からからと、鈴を転がすような笑い声が響く。さも愉快そうに聞こえるけれど、それは果たして本当だろうか。


『何とも不思議な問いかけじゃな。妾からすべてを奪った共和国への復讐であると伝えたはずじゃが?』


「はい。ですが、それはこの質問の答えにはなりえません」


 ソフィアがさりげなく論点をずらそうとしていることに気づき、リュエルは退路を塞ぎにかかる。


「私がお尋ねしたいのは、その先です。共和国を革新する、その目的には私も賛同いたしました。ですが、革命を終えた後、閣下がどのような未来を描いていらっしゃるのか。それをお尋ねしたいのです」


 この問いは、リュエルとソフィアの間に投げ込まれた爆弾だ。リュエルの理想とソフィアの理想が食い違えば、いつか必ず爆発する。まだ革命すら起こっていない時点で革命の先を問うのは早計だろうか。いや、リュエルとソフィアにとっては早すぎるなんてことはない。互いに先の先のその先まで読み合うのは当たり前だから。


 じりと焼けた空気が通信機越しに二人の間を繋ぐ。今、ソフィアに未来さきを問うた判断が間違っていないとリュエルは信じていた。ここで返ってくる答えが真実であれ、偽りであれ、それはリュエルの判断材料になる。


『……妾は妾の理想のせかいを創りたい。誰も苦しまないやさしいせかいを』


 黄昏色の甘やかな声音にリュエルは唇を引き結んだ。


「そう、ですか」


 その理想が正しくある限り、リュエル・ミレットも同じ方向を向いていられる。


「……安心しました。それなら、私も、閣下のために一層励んでまいります」


 ──そう、彼女の理想がただしくある限りは。







 ***







 リュエル・ミレットとの通信を終え、ソフィアは深い息を吐き出して、車椅子の背もたれに沈み込んだ。ぐだぐだの格好でテーブルの砂糖菓子に手を伸ばす。が、皿ごと菓子山は黒手袋をはめた手にかっさらわれていった。


「待つのじゃ、キリク! 妾はまだ食べ足りておらぬ!」


 頬に傷のある糸目の男は肩を竦めた。


「あのですねぇ、今日一缶空けたんですよ! これくらいにしておいてください! 本気で脂肪おばけになっても知りませんからね!」


 叱られてソフィアは顔をしかめる。けれど、すぐさま打って変わって涙で目をうるうるさせて懇願を始めた。


「じゃが……、食べたいものは食べたいのじゃ、キリク……」


 キリクは頭を横に振って、涙目の主への哀れみを捨て去る。いつものやつだ、これは。初歩的な罠にかかるな。自分に言い聞かせ、何とか五秒ほどで鉄の理性を取り戻す。


「だめです。お菓子はほどほどにしてください。これは俺が責任を持ってしまってきますので」


「あああ、キリクぅ……! 妾のおやつー!」


 悲鳴に耳を塞いで、キリクはソフィアの手の届かない棚の最上段に菓子缶を封印。澄ました顔を作ってソフィアの前に腰を下ろす。


「……リュエル・ミレット、彼女はどうです? ソフィア」


 涙を引っ込めた小さな魔女は、まだ微かに湯気を揺蕩わせる紅茶のカップを傾けた。


「どうやら妾はあの子の内に眠っておった才を開花させてしまったらしい。記録係の持っていた性格も兼ね備えた今、リュエル・ミレットは策士としての才を遺憾なく発揮するまでに至った」


 ふっ、と何気なく吐いた息は紅茶の赤い水面にさざ波を作っていく。


「……あの子は、さとすぎる」


「あなたにそう言わせるまで、ですか」


「うむ、いずれ妾たちの脅威になるやもしれぬ。妾もうかうかとはしていられぬな。手をこまねき、読み違えればすべてが瓦解する可能性もあるが……、上手く使えばよいだけにすぎぬ」


 キリクは頬杖をついてソフィアの未だあどけない顔を見つめた。その口の端が歪んだ笑みを刻んでいる様子は目には明らか。


「……ソフィア、敵を作りすぎないよう気をつけてください。ただでさえ、あなたは既に多くをたばかっているのですから」


 ソフィアは不敵に微笑んだ。


「リュエル・ミレットさえも、な。妾が描く絵の完成図を知るのは、キリク、そなただけでよい」


 視線を遥か遠くへ向けて、それから目を閉じる。暗闇の奥底から聞こえ続ける怨嗟を抱いて、ソフィアは微笑む。


 とうに未来など、棄てた。


 ──やさしいせかいなど、そんな馬鹿みたいな話があるとすれば、それはきっと、永遠の静寂のなかにあるのだろう。


 からからと笑声が響く。昏くて冷たい声はソフィアを閉じ込めるこの牢獄へやの中で散っていく。これでは本当に凶悪な魔女のようだ。けれど、ソフィアは望んで魔女ばけものになった。たとえどれだけ醜かろうと、構わない。


「……ともかく、さしあたって重要なのは、先ほど妾が受けた報告じゃ。第七は指示通りに動いておる。第七が入手した証拠品は折を見て使うことにしよう。すべてが盤上に載るまでもう時間は掛からないじゃろうから」

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