ep.005 暗殺任務
沈黙のまま、ライとリュエルは保管室に向かった。共和国軍の本部であるこの基地には、多くの軍人が配属されている。
軍人たちが行き交う中、2人は静かに廊下を歩く。資料運びという作業をしているだけだが、ライとリュエルの前をわざわざ通ろうとする人間はいなかった。
ライとリュエルは、というか特殊諜報部隊は、少し有名な部隊なのだ。
特殊、という名前からしてそうなのだが、人間離れした兵士が集められた部隊で、主な任務は敵国と国内における情報収集である。
ライは戦闘能力を見込まれて配属され、リュエルは完全記憶能力があったからだ。
わずか10人にも満たない部隊だがその存在感は異様で、誰もが一癖も二癖もある。その上、怒らせては非常にマズイ、というのが共和国軍の共通の認識らしい。
つまり、だ。
共和国軍特殊諜報部隊は、帝国軍第三位組織、ガンマに酷似しているのだった。
「少佐、何か考え事ですか?」
ライの意識が遠くに飛んでいたのに気づいたのか、リュエルはそう言ってライの顔を覗き込む。
「あ、いや、何でもない」
「そうですか」
リュエルは多くを聞こうとはせずにあっさりと頷いた。そうして再び無言になった2人は、テンポ良く軍靴をカツカツと進ませる。
「保管室に着きましたね」
金属の板に『保管室』と書かれたプレートが付いている無機質な扉があった。かけられているダイヤル錠を、ライは素早く回して開ける。呆気なく鍵は開く。だが、金属のカタマリは重く、簡単には動きそうにない。
「ちょっと待ってください。そのドア、重いですから私が開けますね」
リュエルは抱えた紙の束を床に下ろそうとする。だが、ライはそれを制した。
「大丈夫。俺が開ける」
「え、でも、すごくこの扉重いですよ?」
キョトンとするリュエルにライは微笑む。片手に紙の束を持ち、空いた方の手でドアノブを回して押した。それこそ紙のように軽く、滑らかに扉が動いて、暗い空間がぽっかりと顔を出す。
「す、すごいです! 少佐! やっぱり少佐はすごいです!」
目を丸くしていたリュエルは、ライの方にキラキラとした笑顔を向ける。
「……ありがとう、リュエル」
「はぅっ!?」
突然お礼を口にしたせいか、殴られたような衝撃に見舞われているリュエルに苦笑した。開け放たれた扉の前で目をシロクロさせ、硬直している彼女を急かして中に入らせる。
一応、ここは共和国軍の資料が眠る宝の山ではあるのだし、扉を開けっぱなしにするのもよろしくないだろう。
「急いで片付けるぞ。俺はこの後、上から呼び出しがあるんだ」
「な、なんと……。私、少佐にご迷惑を……、うぅうう……」
今にも何かに頭をぶつけ出しそうな表情をして、リュエルはうめく。
「……別に時間あるから、心配しないでもいい」
「そうですか……、よかったです……」
今度は安心して緩んだ表情に変わる。本当に見ていて飽きない子だ、とライは内心そう思った。
リュエルの記憶能力に頼り、手早く資料の整理を終えた2人は部屋を出た。そこでライはリュエルと別れる。向かった先は上官の執務室だ。
年季の入った飴色の扉の前で一度立ち止まる。ふう、と息を吐き出して心を鎮めていく。この扉の先で求められているのは、ライではなく《死神》だ。
軽くドアをノックし、静かに中に入る。
「特殊諜報部隊所属、ライ・ミドラスであります」
足を揃えて敬礼する。上官に会う時のお決まりの動作である。不思議とそれをすると、部下に接する態度から意識が切り替わるのだ。
「よく来たな、《死神》」
恰幅の良い初老の男は、机から動くことなくそう言った。小綺麗に整えられた灰色の髭を触り、男はタカを思わせる鋭い視線でライを見下ろす。ライは藍の瞳をわずかに細めた。
「貴様に任務だ」
軍司令からの直接のお達し。つまり、最高レベルの暗殺任務。そんな大物をこの軍は狙うのか。
軍司令はニタリと嫌な笑みを浮かべる。
「喜べ。貴様が殺すのは、帝国の《死天使》だ」
ライの肩が微かに揺れた。軍司令は愉しそうに話を続ける。
「貴様なら、やれるだろう? 帝国の犬どもと同類の貴様なら。ガンマの暗殺者とて、不死身ではないのだからな」
「……ですが、今は停戦中です。我が軍が先に彼らに手を出せば、再び戦争が激化すると思われます」
「なに、貴様には教えてやろう。停戦は後数ヶ月と保たんよ。むしろ、始まってから《死天使》に動かれる方が、我々にとって不確定要素となる。それが分からん貴様ではなかろう」
あと数ヶ月で停戦状態が終わり、再び戦火は燃え上がる。それはおそらく避けられないことなのだ。
「故に、もう一度言おう」
灰色の髪を撫でつけた軍司令は立ち上がり、ライの前に直立する。
「帝国の《死天使》を殺せ。失敗は許さない」
ライは顔色を一切動かさぬまま、短く返答した。
「はっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます