ep.003 血塗れのミラ

 ナタリアは戸惑っていた。


 目の前には可愛らしいワンピースが並び、アクセサリーや鞄までもが陳列されている。殺風景な部屋の白いテーブルが彩り豊かな色彩を異様に放っていた。


「……ミラ中佐。これは、一体どういうことですか?」


 半分髪を紫色に染めている女がテーブルから顔を上げた。彼女はエルシオと同様、ナタリアに構う数少ない人でもあるのだ。

 豊満な胸を見せつけるように帝国の軍服を着崩した彼女は、真っ赤な唇で笑みを作る。


「アンタ、《死神グリムリーパー》を殺すんだって?」


「はい」


 無表情でナタリアは頷く。


「ですが、これと任務は何の関係があるのですか? 街娘の格好をしてどこに行くのでしょうか?」


「そりゃあ当然、街さ。《死神》の正体を掴みにいくんだろ」


「街に行ったからといって、《死神》の正体がわかるわけではありません」


 あー、とミラはブロンドの方の髪をグシャグシャとかいた。ナタリアは首を傾げながら、その行動の意味を考える。


 確かに《死神》の資料はとても少なかった。共和国の街に出れば手がかりが掴める……?


「ま、可能性はゼロに近いけどな。でも、雰囲気くらいは掴めるんじゃないか? ナタリアは街に行ったこと、ないんだろ?」


「ありません。わたしには必要のない行動なので」


 思い返してみると、ナタリアが明るい時間に外に出たのは片手の指で数えられるほどしかない。任務に関係のない行動は一度もしてこなかったと思う。アリアも決して許さなかっただろうが、ナタリアに街に行きたいという願望が無かったので意味のないことだった。


「今度は必要あるだろ?」


「……そう言われれば、そうですね」


 街に行く必要性を認識して頷く。視線を改めてテーブルの上の服飾品に移し、それからミラを見る。


「わたしがこれを着るのですか?」


「ああ! バッチリ美少女になるぞ。今でも十分天使だけどな」


 あははっ、と豪快に笑うミラにナタリアは溜息を吐いた。


「……もう少し地味で良いのではないですか?」


 明るい水色や桃色のワンピースを冷めた目で見つめる。チッチッチ、と勿体ぶるミラは指を振ってナタリアの不満を一蹴した。


「年頃の娘はこういう服を着るもんだよ。アンタみたいな目立つ美人が喪服みたいな黒服なんか着てたら、余計に記憶に残るぞ」


「そういうものですか?」


「ああ、ああ! と、いうわけでこれ着てみな」


 流れるような動作で、清潔感溢れる白に桃色の差し色が入ったワンピースを握らされた。


 乗せられているような気がする。着飾るのは自分の本業ではないのだが、と思いながらナタリアは小さく息を吐き出した。


「……わかりました。着ます」


 そうして無表情のまま軍服を脱ぎ、ワンピースを被る。ふわりとした生地が広がり、足がすかすかとして妙な気分だ。


 ミラの言うままに、クルリと回ってみせる。腰のリボンが優雅に揺れた。


「どう、ですか?」


 本当にこんな可愛らしい衣装が自分に似合うのだろうか。黒と血の赤に慣れすぎた身体は優しい色に戸惑いを覚える。だというのに、《血塗れのスカーレットミラ》の異名を持つ暗殺者は、少女のように目を輝かせている。


「サイコーッ! やっぱ、アンタ天使だわ!」


 むぎゅうっと豊満な胸がナタリアの頭に押しつけられた。呼吸を大人しく我慢して沈黙する。手足をダラリと下げ、大きな少女りっぱなおんなの抱擁を甘んじて受ける姿は等身大の人形のようだ。


「……あ? お前ら何やってんだ?」


 その声でナタリアは柔らかいものから解放された。呼吸を再開し、振り返る。


「エルシオ大尉ですか」


 んんんんん!? とエルシオが奇声を噛み殺す。こてりと首を傾げたナタリアを、翠の瞳を見開いてエルシオは見つめた。


「そ、そのカッコ、なに?」


「ミラ中佐が街に行くのが良いとおっしゃっていたのです。どうしてこの格好なのかは不明ですが、街娘に擬態するためのようです」


 街娘に擬態って、とエルシオが噴き出す。ミラもしゃがみ込んで震えている。


「……なぜ笑うのですか?」


 笑いすぎて、2人はその問いに答えることができなかった。


「笑った笑ったー。んで、《死神》とそれと何の関係があるんだ?」


 目尻の涙を拭い、エルシオはナタリアに尋ねる。ナタリアが口を開こうとする前に、ミラがエルシオの襟首を引っ掴んだ。オマケに首を半分締められかけている。


「……《死神》の情報がなさすぎて行き詰まってるみたいなんだよ」


「確かにオレも全然知らねぇしな」


「だから、気分転換も兼ねて共和国偵察に行ってもらおうってわけだ。邪魔すんじゃないよ」


「わかったっつーの」


 コソコソとナタリアに聞こえないようにしての会話を終えると、2人はひとり無表情でいるナタリアに向き直る。


「と、いうわけで、行ってきな。もう行きの汽車はアタシが取った。んで、これが金。ついでに楽しんできな」


 あっという間にナタリアの手には旅行鞄が握らされ、頭にはツバの大きい桃色のリボン付き帽子を載せられる。


「……任務ですから。楽しむなどという余計なことはしませんが」


「まー、いいじゃねぇの。なー、ミラ、撮影機持ってねぇか?」


 ナタリアをマジマジと見つめながら手をミラの方に突き出したエルシオに、ミラは呆れた顔を見せた。


「はいはい、残念だけど持ってないね」


「はー? レアだぞ? 永久保存してぇ」


「……永久保存されてもわたしには害はないのは分かりますが、その……、エルシオ大尉、不快なのでやめてください」


「ふ、不快!?」


 卒倒しそうになったエルシオに、本日三度目の溜息をナタリアは吐いたのだった。

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