勇☆次☆王

石井俊介

ありふれた中学生の青春

 ジリリリリリ。


「……んー……」


 うるさい目覚まし時計を乱暴に止め、僕はベッドの上で大きく伸びをした。


「ふぁ~あ……」


 薄く目を開け、時計を見る。

 時刻は朝の六時半。いつもならまだ眠りこけている時間だ。

 しかし今日だけは二度寝をするわけにはいかなかった。


 まだ少し寝ぼけた頭をスッキリさせるため、僕――佐藤勇次は、眠い目をこすりながらいつものモーニングルーティーンをこなし始めた。



 まずはカーテンを開け、光を浴びる。


 次に洗面所に行き、顔を洗う。


 その後は再び部屋に戻って、中学の制服に着替える。


 そしてデッキからカードを五枚ドローし、二枚を場に伏せる。


 その後は朝食。



 これが僕の朝の日課だ。特別なものは何もない平凡で一般的なものだけど、結局そういうのが一番落ち着くものだ。



 朝食にありつこうとリビングへと移動すると、料理をしていた母さんが驚いた顔で振り向いた。

 

「あら勇次おはよう! 今日は早いのね、珍しいじゃない!」

「まぁね」


 テーブルには既に妹の詩織がついており、もそもそと朝食を食べていた。詩織は小学生ながら真面目な優等生なのでいつも朝は早いのだ。


「勇次も詩織ちゃんを見習いなさいよぉ? 詩織ちゃんはお母さんのお手伝いだっけちゃーんとやってるんだから」

「……うるさいなぁ。別にいいだろ」


 ふてくされたように言ったその言葉が、虎の尾を踏んだ。


「その言い方は何なの!!」


 キッと眉を吊り上げた母さんが振り返り、続けて叫んだ。


「魔法カード発動!! 『お小言』!」


 しまった! 朝っぱらから”始まって”しまった!


「このカードの効果により、プレイヤー一人に家事を手伝わせることができる! 指定するプレイヤーは『勇次』、あなたよ! さぁ勇次、お皿洗いを――」

「この瞬間トラップカード発動!!」


 僕も負けじと叫び返し、先ほど伏せた二枚のカードのうち一枚を表にする。


「『兄の特権』!! このカードは兄を対象とするカードの効果を弟か妹に押し付けることができる! よって『お小言』の対象プレイヤーは『詩織』!! お前だ!!」

「!?」


 突然のことに驚いた妹がとっさにリバースカードに手をかけるが、引っ込める。


「っ……!」

「……発動しないのか?」

「……しない。詩織はお皿洗いを受け入れる……」


 うな垂れた詩織が呟く。


 懸命な判断だ。

 詩織のデッキの傾向はある程度分かっている。あのリバースカードはおそらく『甘え上手の末っ子』か『男子サイテー』。どちらもこんな序盤で使ってしまうのは惜しい強力なカードだ。


「……ふぅ。もう母さん、朝からやめてよね! 貴重なカウンタートラップ一枚消費しちゃったじゃん!」

「だってぇ」


 僕だってできるなら『兄の特権』をこんなところで使いたくはなかったが、背に腹は代えられない。今日はなるべく早く学校に行かなければならないのだ。皿洗いなどしている暇はない。


 急ぎ朝食を食べ、学校へ向かおうとする僕に母さんが声をかける。


「忘れ物はない? ハンカチは持った? ティッシュは? 召喚権は使った?」

「あっ!」


 危ない危ない、焦りすぎて大事な大事な召喚権の行使を忘れていた。


「モンスターを裏側守備表示で召喚! 行ってきまーす!!」






                 ◇






 教室には一番乗りで着いた。


 ちらりと黒板に目を向けると、その隅にある日直欄には『佐藤勇次』――僕の名前が書かれてある。そう、僕は今日日直を仰せつかっているのだ。でも重要なのはそこじゃない。

 もっと重要なのは僕の名前の隣にある『星野マナ』の文字。


 そう。

 なんと僕は今日、マナちゃんと一緒に日直をすることになっているのだ!


 僕はこのクラスになってからずっとマナちゃんのことが気になっており、最近ようやく喋れるようになってきたところなのだ。

 できればこの機会にもっと仲を深め――――。



 ――そのまま今日、告白したい。



 早く来ればそれだけマナちゃんと長く過ごせる確率が上がる。

 そう考えていつもより三十分以上早く来たけど、少し早く来すぎてしまったかもしれない。


 果たしてマナちゃんはいつ頃来てくれるのだろうか。このままTODになりはしないだろうか。


 そんなことを考えていると、不意に扉が開いた。


「あっ、おはよう、勇次くん」


 なんとマナちゃんも同じくらい早く来てくれた。願ってもない爆アドだ。これはもしかするともしかするかもしれない。


「お、おはようマナちゃん……」

「今日は日直がんばろうね!」


 そう言って僕に笑顔を向けてくれるマナちゃん。


 爆アドであった。




 そして日直の仕事は本当に簡単なものだったので五分も経たずに終わった。

 その後は軽いおしゃべりをしていたけど、会話がひと段落すると沈黙が訪れる。


 でも嫌な感じの沈黙とは違った。なんだか不思議な気分だ。


 普段は騒がしい教室が静まり返っている。いつも生徒で溢れている見慣れた教室も、今だけは僕と、マナちゃんと、伏せカードが計5枚。


 ――今の手持ちでダイレクトアタックを狙うのは無謀だろうか。


 僕たちが喋るようになったのは結構最近で、僕はまだマナちゃんのデッキを深く知らない。


 マナちゃんの伏せカードは何なんだろう。


 下手に動いて盤面が不利になるくらいなら、現状維持に努めるべきだろうか。


 そもそも今どっちのターンなんだろう。



 攻めるのが怖い。僕は迷ったまま動くことができず、そのうち一人、また一人とクラスメイト達が登校し始め、教室は次第にいつもの騒がしさを取り戻していった。






                 ◇






「おーい席つけー。それじゃ儀式魔法『数学』を発動するぞー」


 モヤモヤを抱えたまま、授業が始まる。


「日直ー、授業開始の宣言をしろー」


 こういう号令も日直の仕事だ。僕はモヤモヤをかき消すように声を上げた。


「起立! 気を付け! 礼! ドロー! 着席!」


 とにかく今は授業に集中しよう。そう思い、僕は先生の呪文のような数学テーマデッキの高速展開に耳を傾けた。






 そして、放課後。


「うぅ……、数学難しいよぉ……、因数分解全然分からない……」

「あはは……、覚えちゃえば簡単なんだけどね」


 日直である僕たちは教室で学級日誌を書きながらおしゃべりをしていた。


「ほら、こうやって特殊召喚した『解の公式』と『多項式』と融合させれば……」


 自分のノートを見せながらマナちゃんが数学を教えてくれる。マナちゃんは字までかわいいらしい。数学は難しくて苦手だけどマナちゃんが先生なら話は別だ。


「うーん、……なんか段々分かる気がしてきた!」

「ふふ、じゃあ学級日誌提出した後、よかったらこのまま勉強会する?」


 そう言って微笑むマナちゃん。


 その顔を見て、僕は心を決めた。



「裏守備モンスターを攻撃表示に! そしてマナちゃんに攻撃!」

「え!?」


 僕は朝に召喚したカード『無垢な中学生男子』でマナちゃんに攻撃を仕掛けた。


 マナちゃんの裏守備モンスターが表になる。『良家の壁―シェルター・ウォール―』。防御力の非常に高いモンスターだ。


「くっ! ガードが堅すぎる!」

「な、なんで……」


 攻撃を仕掛けた僕のモンスターが破壊される。しかし。


「『無垢な中学生男子』の効果発動!! このカードが戦闘破壊された時、デッキまたは手札から『中学生』と名の付くモンスターを特殊召喚できる! 僕が召喚するのは――」


 顔が赤くなるのを感じる。でも今更引けない!


「こ、『恋する中学生男子』!!」

「!」

「タ、ターンエンド……!」


 言ってしまった。ドキドキする。心臓が痛い。次はマナちゃんのターンだ。どう来るか不安で頭がおかしくなりそうだ。


「……私のターン。ドロー」


 うつむいて表情が良く見えなくなってしまったマナちゃんがカードをドローした。


「シェルター・ウォールを生贄に、『箱入りお嬢様』を召喚」

「…………!」

「お嬢様の効果発動。デッキから『厳格な父』を手札に加える」

「!!」

「さらに――」


 マナちゃんが淀みなくカードを展開させていく。強い……!


「魔法カード『接収』。相手モンスター一体のコントロールを奪う」

「そんな……! 僕の恋が!!」


 僕のフィールドは伏せカード一枚を残してがら空きになってしまった。


「そして……『箱入りお嬢様』と『恋する中学生男子』を融合……」

「え……?」


 ここで僕はようやく、マナちゃんの手が震えていることに気が付いた。


「い、『イチャイチャカップル』を特殊召喚……!」

「マナちゃん……!!」

「カップルの効果発動! 手札を一枚捨てて一ターンだけ攻撃力を倍にする!」


 そう言ってマナちゃんが捨てたカードは『厳格な父』――。

 ま、まずいかもしれない。


「ト、トラップカード発動! 『健全な――」

「トラップカード発動! 『わがまま娘』! トラップカードの効果を無効にし破壊する!」


 慌ててトラップカードを使おうとするが、マナちゃんに潰されてしまう。

 これで本格的に僕のフィールドはがら空きになってしまった。




「そして勇次くんに……ダイレクトアタック!!」




 そう言って上げたマナちゃんの顔は、僕以上に真っ赤だった。


「う、うわぁああああああ!!!!」


 僕に防ぐ手段はない。どうすることもできず、僕のライフポイントはゼロになった。


 僕の負けだ。

 そしておそらく、今後ずっと僕はマナちゃんに勝てないのだろう。


 それでもいい。


 この敗北は、僕の人生で初めての心地よい敗北であった。

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勇☆次☆王 石井俊介 @ishii-shunsuke

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