第73話 予感⑰
◆
「思った通りでかい
しとしとと降りしきる雨の中で、杉の大木の影から身を潜めて様子を窺っていた
その大きな手で幾度となく薙刀を握り直している。
「恵果よ、油断するな」
抜いた刀と同じ色の輝きを放つ銀鼠色の髪は雨に濡れ、頬に張り付いていた。
「
それぞれ構えた二人の後ろで、腕を組み黙り込んでいた三芳が振り返った。
黒い
「念のため、
三芳は表情を変えず、微かに首を縦に振った。
「大仰な。我々だけで十分であろうが」
むしろ俺一人でも、と恵果は不服そうに口を曲げ烏丸を見下ろした。
はっ、と真魚が嘲るように息を吐きだす。
「
真魚が口の端を吊り上げた。
「三本ある脚のうちのいずれかでも効くと良いのだが。間に合わぬやもしれぬ」
酷薄な笑みを浮かべた真魚に恵果は何を、と太く豊かな眉を吊り上げて喰ってかかろうとする。
「お二人とも。三芳様の前でおやめください」
烏丸は些か呆れたような眼差しを向けつつも、自分よりも年長であろう二人の間に割って入る。
「……大鯰は地の下より」
木々の葉を打つ雨音に乗って、三芳の言葉が身体に染み入るように落ちてくる。
三人は瞬時に口を噤むと、三芳に向き直った。
「雪狼は木々の影より、口を開けて控えておれ。事の次第によって密蜂は彼岸へと。
烏丸は無言で頭を下げる。
「武蔵のオニの一族の頭に、魔が憑いたと」
三芳の言葉に顔を上げた烏丸の目が見開かれる。
恵果は舌打ちをし、真魚が眉根を寄せた。
「微かだが。あの隠仁の周りからは、武蔵の頭と同じ匂いがする」
「何と」
隠仁の方を振り返った恵果からは珍しく、いつも浮かんでいる皮肉的な笑みは消えていた。
「……花氷には会いたくないなあ」
烏丸がぼやきながら、腰に差していた刀を鞘からゆるゆると抜く。
真魚は左手に巻き付けていた黒い組み紐を解いた。
紐を形の良い口に咥え、慣れた様子で髪を一つに束ねながら烏丸に目を向ける。
「あやつに連れていかれるのは向こうか、はたまた私等か。お前も心せよ」
烏丸が頷く。
真魚の言葉に今度は恵果が嘲った。
「戯言を。我らが閻魔様の直属、三芳様の一の配下の俺たちが。負けなどすれば、それこそ末代までの嗤い草よ」
三芳が刀を抜いた。
三人がはっとしたように三芳を見つめる。
下ろされた刃はぬらぬらと光り、触れば凍えそうな冷気を放って、目を凝らせばつめたい陽炎のゆらめきが見えるようだった。
「
雨の森を、音もなく歩き出した三芳の後を三人は静かに付き従う。
烏丸の目の端に、遠くの空で稲光が大きく走ったのがちらりと映った。
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