第74話 予感⑱
「明日の朝からしばらく、遠坂と同じ電車で行くわ」
部活帰り、たまたま一緒になった北野がスマホを弄りながらおもむろに口を開いた。
「え、良いよ」
きっかり一人分の席を空けて隣に座っていた彼に顔を向けると、首に掛けていたヘッドフォンがかちゃりと音を立てた。
「これから、ちょうど練習量増やそうとしてたところだったから」
北野はスマホに目を向けたまま、だから気にしなくていい、と呟いた。
「でも」
言いかけた私の声を聞こえないふりをして、北野はスマホを制服のポケットに突っ込んだ。
そのまま何も言わずにブレザーの下に着ていた黒いパーカーのフードを目深に被り、腕を組んで下を向いてしまう。
お母さんだ。
だんまりを決め込んだ北野に話しかけるのは諦めて、私はちいさく溜め息を吐いた。
朝起きると、昨日まで台所にあった肉じゃがの大皿が入った紙袋が消えていた。
あれっと思って、気になってはいた。
北野のおばさんから持たせてもらったおとといのうちに、肉じゃがは家の皿に移し替えていた。
借りたお皿は洗って、返すばかりにしておいたのだけど。
昨日家に戻ったら、お店まで返しにいこうと思っていたところだったのに。
私はくちびるを噛んだ。
警察とのやり取りが終わってお母さんに連れられて家に帰ってきた後、お風呂に入ったらどっと疲れが押し寄せてきて。
ご飯もろくに食べず、すぐに寝てしまった。
きっとお母さんはそのうちに、北野のお店に行ったのだろう。
そこでおばさんに、電車での一件を話したに違いない。
俯く北野の隣で、そっと目を瞑る。
彼らしいと思った。
昔からそうだ。
例え私に対して何か思っていても、北野は一定の距離を保つ。
けしてそこを越えて、土足で踏み込んでくるような真似はしない。
彼は明るくて無邪気で人懐っこく思えるけど、よく相手を見ていると思う。
太陽は周りを廻る惑星達に、自ら近づくことはしないから。
だからみんな安心して、それぞれの距離を取って、北野の周りを廻っていられるのだと思う。
私もその一人だ。
だって、その距離を狭められたら。
星は、太陽のまばゆさに耐えきれない。
吸い込まれて、燃えて、消え去ってしまう。
「本当、私と大違い」
思わず声に出てしまっていた。
「何が」
「……独り言には応えるんかい」
私が呆れて北野に顔を向けると、彼がフードを上げたところだった。
「……同じ車両に乗るだけだよ」
北野はこちらを見ずに、すこしぶっきらぼうに言い放った。
「一緒に登校するわけじゃないし、誤解されることもないと思う。だから安心して」
「え、どうして一緒に行かないの?」
不思議に思って尋ねると、北野は驚いたように今度こそ私を見た。
「どうしてって」
「だって、同じ車両に乗ってて、一緒に行かないなんて変だよ」
普通に話しかけると思う、と私が言うと、北野ははあーと大きく溜め息を吐いた。
「遠坂ってさ、変なとこ鋭いくせに、変なとこ鈍いよね」
「は?」
私が首を傾げると、北野は手を横に振った。
はてなマークを頭の上に浮かばせた私をよそに、電車はもうすぐ終点の渋谷に着こうとしていた。
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