第67話 予感⑪

険しい山道だった。

そこここに根が飛び出た足元の悪い道だったが、四人の黒い影は音を立てることもなく、慣れた足取りで山を上がっていく。


ふと、烏丸の前を澱みなく進んでいた男の足が止まった。

男は黒々とした剛毛を金茶の元結もとゆいで無造作に束ねており、それはまるで頭から短い竹ぼうきが突き出ているかのようだった。

男の太く豊かな眉がひそめられ、その下の鷲のような目が鋭く光った。

腰に差した刀に、武骨な手が伸びる。

烏丸の隣で歩を進めていた真魚まおも立ち止まり、眼光鋭く空を見上げた男にならい、その顔を上げた。

肩下で切り揃えられた銀鼠色の髪が揺れて、白檀びゃくだんのような仄かに甘い香りが漂う。


三芳みよし様。これは」


三芳と呼ばれた男は無言で頷いた。

頭上には半刻程前から雨雲が不機嫌そうに立ち込め始め、山々の稜線に重苦しくのしかかっていた。

遠くの方では微かに雷鳴が鳴り響き、不安な空気が流れている。

烏丸と真魚の後ろから野太い声が上がった。


「そう遠くはなさそうですが。しかも中々に大物のようですぞ」


振り返れば、白い袈裟頭巾けさずきん姿を被った大柄な僧兵が、携えた薙刀を軽く弄びつつも油断のない目つきで辺りを見回している。


「烏丸」


三芳の整えられた口髭が動いて、並びの良い白い歯が口許から覗いた。

祭りで打ち鳴らされる大太鼓のように、身体に深く響き渡るような低い声だった。


「はい」


烏丸は三芳に向き直ると、頭を下げた。


「場所を突き止めよ」


短く、簡潔な命に烏丸は頷くと、目を閉じた。


次の瞬間、三芳達の前にばさりと、大きな羽音と共に一羽の大烏が姿を現した。

鋭い鉤爪が伸びたその足は太く、そして三つに分かれている。

烏はそのまま上へと羽をはばたかせると、空高く浮かび上がった。

今や泣き出さんばかりの薄暗い空を、濡羽色に輝く一筋の光が流星のごとく裂いていった。


「真魚。恵果けいか。我等もくぞ」


三芳の言葉に真魚は頭を下げ、恵果は大きく頷いた。

再び山道を進み始めた彼等の背には、空から冷たい雨粒が落ち始めていた。

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