第28話 自由⑨

雪狼の隣を、刀を横に構えた短髪の、黒い母衣ほろ姿の男が駆け抜けた。


黒い炎の固まりとなった男が突き出す刃を、横から弾くようにして防ぎながらも、徐々に間合いを詰めていく。


「すまん。遅くなった」


その後に続くように駆けてきた、もう一人。

同じく黒い母衣姿の、黒髪を顎下あごしたで綺麗に切り揃えたおかっぱ頭の男が、雪狼に短く詫びた。


雪狼は、ちいさく唸った。


黒髪の男は無言で頷くと、短髪の男の後を追って、燃え上がる隠仁おにに刀を振り上げる。


「すずさん! 烏丸隊長!」


雪狼はその身を人の姿に戻すと、すずを庇うようにして立つ烏丸の元へと走った。


「安心しろ。お嬢さんは無事だ」


烏丸はすっと身を引いて、すずを雪狼に託す。


「椿さん」


「良かった。すずさんが、無事で」


「ごめんなさい。わたしが、外に出たから」


すずの瞳が、涙で溢れる。


雪狼が首を振る。


「鈴を鳴らしてくれて、良かったです。本当に」


雪狼がかがんで、すずの頭を撫でた。


「わたしよりも、この人が」


頬に雫を伝わせたすずが、振り返って烏丸を見上げた。


はっとして、雪狼が烏丸を見上げる。


微かに、烏丸からは血の匂いがしていた。


「かすっただけだ。問題ない」


烏丸は、左手を隠すように、ダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。


烏丸のすこし向こうには、隠仁が放った刃が、まだ黒い炎に包まれたまま転がっていた。


その刀身には黒い羽根と、血がこびりついていた。


雪狼が振り返る。


瞳が、燃えるように光る。


その鋭い双眸は、黒母衣姿の二人と刃を交える隠仁に向けられていた。


低い唸り声が、咽喉の奥から出る。


白く輝く髪が怒りを纏い、風もないのに浮かび上がった。


すずが怯えたように後ずさる。


「真椿」


烏丸がゆっくりと静かな声で、雪狼を制した。


「俺は大丈夫だ。お前は、お前の務めを果たせ。互いに、とうの昔に、刀は置いてきただろう」


あれは、あいつらに任せろ。


真椿。


雪狼は烏丸の言葉を聞きながら、ゆっくり振り返ると、頷いた。


隠仁から視線を無理矢理引き剝がすようにして、目を瞑る。


「……椿さん」


すずが、そっと雪狼の手を握った。


ちいさく、あたたかな手は震えていた。


雪狼が大きく息を吐いて、目を開けた。


「すずさんを、怖がらせてしまいました。すみませんでした」


もう、その瞳からは燃え上がるような怒りは姿を消していた。

雪狼が、すずの手を握りなおす。


烏丸は隠仁を見つめた。


「じき、終わる」


烏丸のダウンジャケットの内側から、小さな黒い影が飛び出た。


ぶうん、と、虫の羽音がする。


「警察に知らせる。あとは人間たちの出番だ」


黒髪の男が、隠仁の振り回す刃を叩き落として、その首元に刀を突き付ける。


短髪の男が、黒く燃え上がる炎のど真ん中を、刀で突き刺した。


この世とは思えぬ、恐ろしい叫び声が上がり、思わずすずは耳を塞いだ。


雪狼はかがんで、すずの頭を抱える。


黒い炎は叫びながら男の体を離れると、上へ逃れるように昇ろうしたが、すぐにぐずぐずとくすぶって、跡形もなく消え去った。


灰色の帽子を被った男は、気を失ったかのように、地面にうつぶせになって横たわっていた。


そのすぐ近くには、包丁が一つ、落ちている。


遠くで、サイレンの音がした。

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