第25話 自由⑥

ぱちん。


ふわふわしたほほが、ふるんとゆれた。


弟はいったい何が起きたのか分からないという顔で。


ぽかんと口をあけて、まるで、時が止まったかのように、わたしの顔をまじまじと見つめていた。


まるく開かれた弟の目に、とうめいなまくが張られていく。


それもつかの間、両目から、すぐに大つぶの涙がこぼれ落ちた。


弟が、火のついたように泣き始める。


「さとる!」


お父さんがあわてて、泣きさけぶ弟にかけ寄る。


たたいた手が、じんと熱を持っていた。


かけ寄ったお父さんに、弟がだきつく。


心ぞうが、どくんどくんと鳴って、体中を波打つ。


今日は、止められなかった。


ずっと、むねがちくちくしていた。


あのいたみが。


わたしをどんどん、悪い子にしていく。


ゆりさんは、泣きじゃくる弟の後ろで、たたんでいた洗たく物を手に持ったまま。

みじろぎ一つせずにいた。


まるで人形のように、ぴくりとも、動かない。


弟が泣く声だけが、リビングにひびく。


「……」


わたしは、いたたまれなくなって、部屋を飛び出した。


いやだ、もういやだ。


なんで。どうして。


「すず!」


お父さんが、わたしを呼ぶ声がした。


わたしはその声をせなかで受けながら、げんかんにかけてあった赤いコートをひったくるように手に取った。


そのまま靴をはいて、外へと飛び出る。


弟は、何も悪くない。


悪いのは、わたしだ。


弟がゆりさんを、『おかあさん』と、よんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る