第24話 自由⑤
雪狼はひとり、神社の鳥居の前に立っていた。
小高い山の中腹に建てられたそれは、鳥居の前に立てば、街全体をゆうに一望できた。
西日に染まった赤い街をとらえるその眼差しは、鋭く、険しかった。
それはまるで、茂みに息をひそめて隠れる獲物を、その眼光でつぶさにあぶり出す、老練な鷹のようだった。
その目は西から射す光を受けて、角度によっては琥珀色にも、金色にも輝いている。
「雪狼」
振り返ると、後ろの石灯籠の影が動いた。
「烏丸隊長」
厚手の黒のダウンジャケットに、黒無地のデニム。
ダウンの下にはさらに、同色のブルゾンを重ねた烏丸が現れた。
「……今日、そんなにお寒かったですか」
寒いよ、と烏丸は着ているタートルネックの首元を伸ばした。
あたたかそうなニット、そして足元のブーツはブラウンで揃えている。
若干、着ぶくれていらっしゃいます、と真面目な顔で言い放ってくる雪狼に、そんなの自分でもわかってるわ、と烏丸は些かぶっきらぼうに返した。
「嫌な空気だな」
烏丸が雪狼の隣に並んで、街を眺めた。
雪狼がうなずく。
「もうすぐ、立春だからだとは思いますが、それにしても。これはまた、今までとは別のものも……」
「ああ。ここ三十年くらいで、新たに根付いた、祭りの影響が出始めているのかもしれないな」
烏丸が目を細めた。
「年々、勢いが増してきているからなあ。こうも熱を帯びていくと、俺たちも動きを考えないといけない」
まあ、それは冥府も考えているだろうが、と烏丸は呟いた。
「弐ノ隊の猿と雉を、先程、街で見ました。そこまで大物ではないと思いますが」
「お前が昨日の夜に
「娘には、守りの鈴を持たせました。しばらくはここに留まり、務めを果たすと共に、弐ノ隊の援護にまわります」
烏丸は良いだろう、とうなずいた。
「姉さんにも言っておこう。またあいつらと、喧嘩されちゃ敵わないからな」
「
雪狼がいまいましげに呟くと、烏丸はまあまあ、となだめるように背中を軽くたたいた。
「それにしても、珍しいこともあるもんだな」
烏丸が思い出したように、口を開く。
「真椿。お前が人に教えるなんて、何百年ぶりだ?」
「何百年は、言いすぎです。せいぜい、八十年ぶりくらいでしょう」
雪狼が、不服そうに口を挟んだ。
「懐かしいな」
烏丸は、思い出すように目を閉じた。
雪山に、静かに咲いていた白い椿。
雪中花。
あれは、まだ、人の世界で生きていた頃。
「あいつだけじゃ、ありませんよ」
烏丸が目を開く。
「あなたに名付けていただいて、生きることが始まったのは」
雪狼は、真っ直ぐ烏丸を見ていた。
烏丸が口許を緩める。
「いつになく、素直だな」
雪狼は、ふいと顔を街へと戻した。
「狐に、つままれでもしましたかね」
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