第21話 自由②
こんなの、わたしの好きなハンバーグじゃない。
そう思ったけど。
お父さんも弟もおいしそうに、笑いながら食べているから。
そう思うわたしは、やっぱり悪い子なんだと思った。
「すずちゃん、おいしい?」
キッチンからエプロンをはずしながら、ゆりさんがやってくる。
「とっても、おいしいです」
わたしは、ゆりさんにむかって、にっこりと笑って返事をした。
「なっ、ゆりさんのハンバーグ、めっちゃおいしいだろう」
ハンバーグを作ったのはゆりさんなのに。
となりにすわっているお父さんが、まるで自分が作ったみたいにうれしそうに笑った。
むねの辺りが、ちくんとする。
ゆりさんはそんなお父さんにほほえみながら、いすの背もたれにエプロンをかけた。
そのままいすを引いて、弟のとなりにすわる。
「おいしーい」
ゆりさんが、自分のとなりにきてうれしいんだろう。弟がはしゃいだ声をあげる。
「ほっぺに、ソースがついてるよ」
弟のほっぺを、ゆりさんが指でやさしくぬぐった。
わたしは、ハンバーグのとなりのブロッコリーをかじる。
ソースがしみたブロッコリーはやわらかくて、あまじょっぱかった。
「スープのみたい」
弟があまえた声で、ゆりさんの服をひっぱる。
「こら。ゆりさんが食べれないだろう」
と、お父さんがすこし、おこるけど。
弟にはぜんぜんきいていない。
「あまえんぼうさんだなあ」
ゆりさんがコーンスープのカップを取って、はいどうぞ、と弟にやさしく手渡してあげた。
弟がうれしそうに笑って受け取ると、ゆりさんもいっしょに笑ってハンバーグを食べ始める。
ちくん。
まただ。
むねの辺りが、また、ちくちくする。
それをかき消すように、急いでごはんをかきこむ。
早く食べて。早く、消さなきゃ。
「おいおい。そんなにいきおいよく食べたら、つまらせちゃうぞ」
ゆっくり食べなさい、と止めるお父さんの言葉にうなずいたけど。
わたしはひたすら目の前のハンバーグと、たきたてのごはんを口に運んで、飲みこみ続けた。
半分になって、ぬるくなっていたコーンスープをごくごく飲んで。
「ごちそうさまでした」
手をあわせて、からになったお皿をかさねる。
「すずちゃん、そのまま置いておいていいよ」
「だいじょうぶです、いつもやってるから」
ゆりさんが何か言いたげに、口を開きかけたのが見えた。
わたしはそのまま見なかったふりをして、お皿をキッチンに運ぶ。
流しのレバーを上げて、お皿を水につける。
「後でまとめてあらうから、そのままにしておいてね」
ゆりさんがふりかえる。
束ねていた長い髪がふわりと揺れて、きれいだなと思った。
「はい。ありがとうございます」
ゆりさんはほほえむと、また前をむいて、弟とお父さんといっしょにごはんを食べ始める。
お父さんが、昨日弟と見ていたアニメのキャラクターのまねをして、ふたりを笑わせている。
『料理をしている時にでも、すず達のすがたが見えるようにしたんだよ』
このおうちを建てる時に、お母さんが選んだという自慢のオープンキッチンからは、家の中がよく見えた。
見えすぎて、いやだ。
ちくん。
また。
「お父さん。わたし、コンビニ行ってくるね」
気づいたら、口からすらすらと言葉が出ていた。
「明日、学校に持っていかなくちゃいけないものあったのに。昼間買いわすれてた」
えっ、という顔をしたお父さんとゆりさんが、リビングにかけてある時計を、同時に見た。
「何買うの? 私いっしょに行くよ」
ゆりさんが立ち上がろうとするのをお父さんが止めて、いすを引いた。
「すず、お父さんが行ってくるから待っていなさい」
「だいじょうぶだよ、まだ六時半だし。行くのはすぐそこのコンビニだよ」
わたしは後ずさりするように、ドアの方へ一歩、近づいた。
「あそこなら大きな道路も通らないし。わたし、春には六年生になるんだから」
それにみんな、まだごはん食べているとちゅうでしょ、と、ゆりさんとお父さんをふりきって部屋を出る。
すずちゃん。
わたしをよぶ、ゆりさんの声が聞こえた。
ドアをしめたあと、ふりかえりもせずにろうかを走った。
げんかんにかけてあるコートとバッグをつかんで、家を飛び出す。
外のかいだんを急いでおりると、道路まで出た。
「さむっ」
あわてて、コートを着ると、ボタンを上までしめる。
ふと足元を見ると、夜なのにうすくかげができている。
見上げると、空にはきれいな満月がうかんでいた。
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