第20話 自由①

「またですか。烏丸隊長!」


関所内に、甲高い声が響いた。


「そう言ってくれるな、蜂須賀はちすが……」


烏丸はげんなりとした様子で、自分の隣を歩く小柄な少女に呟いた。


「私がここに来てからでも、もう、三回目ですよ。再発行するの」


今回は無くした訳じゃないんだが……あいつが持っていきたいっていうから、はなむけのようなもので……と、烏丸がぼやいた。


そんな烏丸を横目に、蜂須賀が思い出したように尋ねる。


「そうそう、赤狐の札、お持ちですよね? お預かりします」


烏丸は頷くと、母衣ほろの内側から、赤狐の御門鑑おもんかんを取り出した。


蜂須賀が、そのちいさな手で木札を受け取る。


「……とうとう茜も行っちゃいましたか。寂しくなりましたね」


「やかましい奴だったからな」


またそんな言い方をして、と笑う蜂須賀の瞳が、すこし寂しげに揺れる。


はち、と言いかけたところで、名を呼ばれた。


「烏丸隊長!」


雪狼ゆきおおかみか」


呼ばれた声の方に目を向ける。


背の高い、白い長髪の男がこちらへと向かってくるところだった。

烏丸と同じ隊袴に、黒い母衣を纏っている。


「お戻りでしたか」


「色々とやることがあってな。しばらくはこっちにいる」


「隊長。私、先に番所に戻りますね。再発行の手続きしておきますから、大御門だいごもんを通る前に寄ってください」


「これは失礼しました。蜂須賀さん」


烏丸の後ろから顔を出した蜂須賀に、雪狼は今更ながら気づいたようだ。


「いらっしゃったのですね。ちいさくて見えませんでした」


雪狼が慇懃に、頭を下げる。


「あんたね、最後の一言こそ失礼よ」


蜂須賀が、彼を軽く睨む。


烏丸に一礼すると、青鈍色あおにびいろに染め上げられた、大きな幕が張られた館の中へ、ぷりぷりとした様子で入っていってしまった。


「……ああ見えて、お前の大先輩だぞ」


雪狼は無言で頭を下げると、下を向いたまま、静かに口を開いた。


「赤狐は、伏見へ行ったと」


「ああ。お前の方が先だろうと、最後に吠えてたな」


雪狼が顔を上げる。


「人のこと、鉄面皮だなんだと言っておいて」


彼は眉根を寄せて、その整った顔をすこし歪めた。


烏丸は意外そうに、へえ、と小さく呟く。


「お前も、見送ってくれていたか」


「……仲間が去る時は、何となく、感じるものですから。ちょうど此岸におりましたし、それだけです」


雪狼は目線を、足元に落とした。


そうか、と烏丸が口許を緩める。


「今日はもう、区切りついたんだろう? 與土よどの親父のところに行くか。蜂須賀も誘って。こんな寒い夜は熱燗に限る」


雪狼は無言で頷いた。

蜂須賀の待つ番所の中へと烏丸とふたり、幕をくぐり、入っていく。

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