第7話 名前①
「妊娠の、陽性反応がありました」
天井の高い、白くて清潔な診察室は、私にはすこし眩しくて、よく目が開かなかった。
一回り程歳上だろうか、落ち着いた物腰の女性医師は、確かに日本語で伝えてくれた筈なのに。
私はその言葉を、うまく、咀嚼できないでいた。
「にん、しん」
妊娠って、あの。
上擦った声は小さくて、部屋の外から微かに聞こえるざわめきに、すぐに吸い込まれては消えた。
「ただ、最初の検査結果の反応が薄く。これから詳しく、検査をして、見ていきましょうね」
医師は狼狽える私を気遣うように、ゆっくり、噛んで含めるように話した。
看護師に促されて、一旦、診察室を出る。
次の検査結果が出るには、一時間ほどかかるという。
受付に言えば、外に出ても大丈夫だと言われたが、とてもそんな気分にはなれなくて、そのまま病院の中で待つことにした。
診察室の外の椅子には沢山の人達が座っていた。
時折その顔を上げて、名前を呼ばれるのを、今か今かと待ち侘びている。
マタニティウェアに身を包んだ、お腹の大きい女性もいれば、自分と同じようなスーツ姿の女性も、仲睦まじく寄り添う夫婦の姿もあった。
流れる空気が、とても柔らかかったことに気づく。
そうだ、ここは産婦人科だったんだ。
自分で足を運んでおいたくせに、改めて自分の置かれている状況に戸惑う。
まさか、妊娠していたとは。
全く、別の線を杞憂していた。
ここ一か月ほど、ずっと出血が続いていた。
初めは、月のものがいつもより、早めにきたのかと思っていた。
このところ仕事が忙しく、不規則な生活を送っていたし、最近二年程付き合っていた彼と結婚をして、新居へと引っ越しを終えたばかりだった。
仕事による疲れと新生活で、初めは体のバランスが崩れているのだろうとしか、思っていなかった。
違和感を覚えたのは、一向に出血が止まらず、色もいつもと違っていることに気づいてからだった。
忙しさにかまけて、つい後回しにしていた。
貧血気味になり、具合の悪くなる日が増えて、仕事にも支障をきたすようになっていた。
自分なりにネットで調べ、何か、子宮の病気なのかもしれない、とは思っていた。
午前中に休みを取って、家の近くの病院に行ってから仕事へ向かおうと思ったのが今日。
夫になった彼は、いつも通り、朝から仕事に出掛けている。
日中はプライベートの携帯を殆ど触らないと聞いているから、今は連絡が取れないだろう。
そっと、シャツの上からお腹に手を当てる。
27年付き合ってきた私のからだは、いつも通り静かに呼吸を繰り返していて、あたたかかった。
ここに、いるの?
気がつけばいつの間にか、私はずっと、ゆっくりとお腹を撫で続けていた。
手のひらから、まるで、その存在を微かでも、感じ取ろうとするかのように。
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