クロスロードの鳥 ホームレスの夢

帆尊歩

第1話  ホームレスの夢

私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。

昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。

以来、様々の人間を見て来た。


急に冬の気温になって来た。

みんなコートを着ているが、この寒さでは雪が降るんじゃないか。

あの初老のホームレスはここにきてどれくらいになる。

大分弱っている。

今日、雪が降ったらあの男、大丈夫か。

そういえばあの男、何十年も前に、ここで見たことが・・・・。



寒い。

これから路上生活者としては、文字どうり冬の時期だ。

毎年、毎年この冬が乗り切れるかどうか。

もっとも乗り切れたとしても、また次の冬が来る。そして辛い冬を乗り切れたとしても、また次の冬。

死ぬまで無限に続く試練。

ならいっそ、今死んでも同じ事だ。

誰も悲しまないし。

誰もおぼえていない。

いやあのクロスロードの鳥はおぼえていてくれるか。

ここに流れ着いてどれくらいたつ。

この交差点の隅で日がな一日過ごしている。

本当はここに来ることは、昔なら、絶対に出来ない事だったのに。

ここは一番来たくないところだった。

いや来れないところだった。


ここで、娘が死んだ。

三十年。いや四十年か、もう忘れた。

いやあのクロスローどの鳥なら、覚えているかもしれない。

娘はこの交差点で、酒酔い運転の若造にひき殺されたのだ。

まだ小学校の低学年だった。

若造は謝罪の手紙を何通も出して来た。

読みもせず、そのまま放っておいた。

破り捨てなかったのは、ほんのちょっとでも謝罪の気持ちがあるなら、受け入れようと思ったからだった。

でもあろうことか、裁判では無罪を主張して、自分は悪くないという主張を繰り返した。

弁護士に言われてと言うことは分かるが、憤りは隠しきれなかった。

そして実刑にはなったが、ほんの二年位の刑になった。

そこからだ。

私たち家族は全てを捨てて、若造の厳罰への闘争を続けた。

おかげで何とか危険運転致死罪が適応されたが、そこからだ。

全てのエネルギーを使い果たした私たち家族は、崩壊した。

あんなに結束していたのに、裁判が終わると、抜け殻の用になり、夫婦仲は最悪となり、結果離婚。

息子もそんな私たち夫婦にあいそをつかした。

それはそうだろう。

自分の事などほったらかしで、死んだ妹のことばかり。


この私が、ホームレスだと。

どこで間違った。

何がいけなかった。

ただ娘の無念を晴らしたい。

その一心だった。

裁判が終わると、妻と言い争うことが多くなった。

ダメ押しは若造が十年で刑務所から出てきた。

二十年の刑だったが模範囚だったため、仮釈放で半分で出てきたのだ。

たかだか十年。

あの若造は娘の何十年という未来を奪ったというのに。


寒い、私も年だ。

自分の体力が限界に近づいている事は十分すぎるくらい分かっていた。

さすがに今年の冬はもたないかもしれない。

だからこの交差点に流れ着いてきた。

なぜ、娘が死んだこの交差点に来たのか分からない、ただ側にいたかった。

ありがたいことに、誰も私に興味を示さない。

いやクロスロードの鳥だけは知っている。

娘が死んだとき、泣き叫ぶ、妻と私。

それを知っているのはもうあの鳥だけだ。

そして、ここにいる事を誰もとがめない。

あるいは無意識のうちに、私は死に場所を求めっていたのかもしれない。

どうせ死ぬなら、娘と同じところで。

ならここで命が尽きるなら、それはそれでいいことなのだろう。


寒い。

意識が遠のく。

昨年まではそんな事はなかったのに。

やはり年か。

「ねえ」

「えっ」

「どうしてこんな所にいるの」小学校高学年くらいの女の子だ。

でも私に返事をする力は残っていない。

「あたしね。足早いんだよ。この間リレーの選手に選ばれたんだよ。でも勉強があんまりね。でも健康だよ。友達も一杯いる。今は幸せだよ。

じゃあね」


「おじさん。あたしもうすぐ高校を卒業するんだ。専門学校に進学するよ。介護の、あたしばかだから、少しでも人の役に立ちたいんだよね。

じゃあね」


「おじさん、あたし今度、結婚するんだ。介護の仕事で知り合った人。すごく優しくて。この人となら一生やっていけそうって思ったの。

じゃあね」


「おじさん。あたし子供生まれたんだよ。それがねお父さんそっくりなんだ。勘弁してよって感じ。旦那は、良いじゃないかお父さんに似ているなんて、て言うんだけどね。

じゃあね」


「おじさん。娘がね、結婚するの。いろんな事があった。苦労もしたけれどね。すごく嬉しい。

じゃあね」


「おじさん。旦那が死んじゃった。娘は仕事が忙しくてなかなか、来てくれないんだけれど孫娘が、おばあちゃん、おばあちゃん、っていろいろ世話を焼いてくて。

あたしは、しあわせだったよ。

ありがとう。

お・と・う・さ・ん。



ホームレスの男がこときれた。

何を見たのだろう、涙を流して死んでいる。

全く人間というのは、理解出来ない。

まあここに長くいると人間の理解不能な行動は良く目にする。

まあいつものことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロスロードの鳥 ホームレスの夢 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ