第46話 とても……愛してる!

クラスのみんながカレンの敵になり、彼女は教室から逃げ出した。

 瑠理に促されて素直に追いかけたのは、どうなっても俺がカレンの幼馴染みだからだ。


 廊下の先で、最上階のこのフロアから階段を上がる彼女が見えた。

 屋上へ向かったようだ。


 カレンが上がった階段を俺も上がる。

 屋上へ出る扉を開けると、彼女は柵の上に両手をのせて遠くを見ていた。


「カレン、大丈夫か?」

「……ぐすん」


「カレン……」

「健太ー。正直に答えて欲しいんだけど」


 カレンはこちらを見ずに俺に問いかけた。


「健太はさー、私のことは好きじゃないの?」

「好きだった。だけど、もう好きじゃないんだ」


「それって好きな人がいるんだよねー?」

「ああ」


「やっぱ、姫川だよねー、それ」

「ああ、菜乃だ」


 あれだけみんなの前で菜乃を大切だと言ったのだ。

 どんなに都合よく考えるカレンでも理解していた。

 俺がはっきり答えるのを確認すると、彼女は向こうを向いたまま「ふう」とため息をつく。


「もう、私のことは嫌いになったの?」

「……別に嫌いになってない。あのなあカレン……」


 誤解があるといけない。

 自分の気持ちを正確に伝えるため、一呼吸置く。


「ただの友達なら、これだけ色んなことをされれば嫌いになる。でも、呆れることばかりだけど、腹立つことばかりだけど、カレンを嫌いにはなってない」


「心のどっかでまだ私を好きなの?」

「違う。そうじゃない。好きとかそんなことじゃない! 俺たちは一緒に育ったんだ。だから大切な幼馴染みだと思ってる」


「ふーん」


 彼女は遠くを見たままで、表情は分からない。

 でも、ようやく俺の気持ちが伝わったようだった。


「健太……ごめん」

「え?」


「だからー、今までごめんて言ってんの!」

「大丈夫、もう気にしてない」


 カレンは空を見上げると「あーあ」と大きなため息をつく。


「失敗したなー、私」

「何が?」


「せっかく幼馴染みなのになー。誰よりも前を走ってたのになー。今はビリってことだよねー」

「……別にそういうのって競争じゃないからさ」


 彼女はめずらしく口を閉じると、こちらへ振り向き俺の目をしっかり見つめた。


「……じゃあ私、本気だすから」

「へ、本気?」


「私もVtuberになるよー」

「おまえなぁ。せっかく俺の気持ちを真面目に話したのに……。なんで、そうやってふざけるんだよ」


「冗談じゃないってー。ふざけてないよー。本気も本気。だって、このままじゃ引き下がれないしー」

「何言ってんだ! あんだけみんなに迷惑かけてよく言うよ!」


「事務所に所属したいんだー」

「ウチの事務所じゃブラック扱いになってるぞ。とても無理だろ」


「てらクロックに応募したよ。今度面接だってー」

「え? おまえ何を言って……」


 カレンの口から業界最王手のVtuber事務所、てらクロックの名前が出るとは……。

 待て、それよりも応募って言ったか!?

 Vtuberに応募ってこいつ何言ってんだ??


「知らないの? てらクロックー」

「知ってる。当然知ってるけど……。それマジか?」


「マジマジ、超マジ。てか健太の反応、超ウケるー」

「……マジか」


「そゆことで、付き添いヨロ!」

「はあ? 無理無理」


「ねー、お願い!」

「俺がほかの事務所に行くなんて、栗原専務がOK出す訳ないだろ!」


「だから、あの専務に聞いてって!」

「いや無理だって」


「聞いてくんないといろんなことバラすしー」

「ここに来てまた脅迫とか! だいたいカレンにとっても困ることになるぞ」


「ダメもとでいいから聞いてみてって!」


 カレンもしつこいな。

 そもそも彼女は、ウチの事務所のVtuberを誰が演じてるか知ってるんだぞ。

 俺がよその事務所へ付き添うなんて、栗原専務がOKする訳ない。

 

 ところがだ。

 仕方なしに栗原専務へ電話をすると、一瞬の沈黙の後に、優しい声で言われた。


『幼馴染みでしょ? それくらいしてあげなさい』


 ダメもとで電話したら俺の同行にOKが出たのだ。


 一体、栗原専務は何を考えてんだ?

 あっさりOKが出てしまった。

 ただし、俺の正体は隠すようにと言われた。


「どう?」

「……いいってさ」


 カレンの事務所面接は、間近に迫るテスト期間の初日だった。

 学校が早く終わるので午後は空いているが、俺は初日からテスト勉強ができないことになった。


 正直自分でも甘いと思う。

 教室でのカレンの態度はありえない。

 普通の友達なら絶交レベルだろう。

 でも彼女との関係を完全には絶てなかった。

 俺にとって幼馴染みとはそういうものなんだ。


 菜乃がなんて言うかな。



 カレンに菜乃を好きだとはっきりと告げた。


 するとカレンはめげずにVtuberを目指すと言う。

 冗談だと思ったがどうやら本気らしく、幼馴染みのよしみで今度付き添って面接に行くと約束した。


◇ 


「それで一緒に行くことになったの?」

「あんまりカレンがしつこいから、NG出されるつもりで栗原専務に電話したんだ。そしたら行ってあげろってさ」


 俺と菜乃は駅前にある喫茶店で、放課後のひと時を過ごしていた。

 前に来たことがある喫茶店。

 ここは、菜乃が昔から行きつけにしてるらしい。

 彼女はカウンターにいるマスターへ会釈してから、迷いなく小さなテーブルのあるふたり席へ座った。


 もう夕方で、あと30分もすれば日が暮れる。

 客は俺たちだけで店はとても静かだった。

 彼女とふたりだけで過ごすティータイム。

 こんな身近な場所でのデートが俺にとっては最高の幸せだ。


「栗原専務には何か考えがあるんじゃない? でも、よかった」

「何が?」


 俺の問いに菜乃が微笑んだ。

 笑顔の彼女は本当に美しい。


「健太は美崎さんへ、ハッキリ私を好きだって言ったんでしょ?」

「ああ。でもカレンは、とっくに俺の気持ちを分かってるようだったけどな」


「いいえ、よかったわ。ハッキリ言ってくれたのが何より嬉しい」

「そうなのか?」


「だって、健太にとって美崎さんは幼馴染みだから。あれだけいろいろされても、健太は彼女を完全に拒絶したりしなかったでしょ。だから、実はまだ未練があるのかなと……」

「ないよ。ない。俺は菜乃のことしか見てないから」


「うふふ。知ってる!」

「知ってたの?? いや今、俺の顔を見てカレンに未練があるのかなって、不安そうにしたよね?」


 俺の反応を楽しむように菜乃が笑った。


「うん。健太は私を好きだって知ってるけど、そうやって口に出して言ってもらいたかったの!」

「い、言わせた?」


「うん、言わせた」

「うぐっ。言わされてしまった。ふ、不公平だ!」


「不公平?」

「そう、不公平。俺はちゃんと言ったぞ」


「もしかして、私にも愛をささやいて欲しい?」

「そ、そりゃあ……」


 菜乃に素直な気持ちを伝えると、彼女は俺に顔を寄せた。

 小さなテーブルの向かいには、とびきり可愛い彼女の顔がある。

 菜乃は俺にもこっちへ顔を近づけろと要求する。


「もうちょっと近くに」

「こ、こう?」


 少し身を乗り出すようにして、目の前の菜乃へ顔を寄せる。

 彼女は自分の口元に片手を当てて、俺の耳に近づけた。

 そう、内緒の話でもするかのように。

 誰かに聞こえたら困る様子で。


 彼女は小声で俺の名を呼ぶ。


「健太っ」

「うん」


「私ねっ」

「うん」


「好きよ」

「俺も」


「大好きっ」

「俺もだよ」


 菜乃は俺の返答を聞くと顔を離した。

 好きと言われて嬉しくなり彼女をみると、不満があるときにするあの顔をしていた。

 可愛く口を尖らせて、眉を寄せている。


 俺は彼女の可愛らしさに思わず微笑んだあと、今度は自分の口を片手で隠して菜乃を見つめた。

 俺のしぐさに彼女はすぐ微笑む。

 それから頬を赤らめて、俺の近くへ耳を近づけた。


「俺は菜乃が大好きだ!」

「知ってるよ。もっと言って欲しいな……」


「好きだよ、菜乃」

「嬉しい! でも、もっと素敵な言葉でお願い♡」


「素敵な言葉?」

「もう。また、言わないと分からないの?」


 彼女は少しうつむくと上目遣いで顔を赤くした。

 それから菜乃は小声でささやいた。

 小声で、俺がかろうじて聞き取れるくらいの本当に小さな声で。


「愛してる、でしょ?」


 それを聞いた俺も緊張する。

 これから俺がささやく言葉だからだ。

 軽く生唾を飲み込んでから、息を整えた。

 俺のささやきを待っている彼女の横顔が可愛い。


「菜乃」

「は、はい」


「大好きだよ、菜乃。とても……愛してる!」

「わ、私もっ!」


 外はもう夕暮れ。

 俺たちは喫茶店にほかの客がいないのをいいことに、互いを愛する気持ちを確認し合った。

 喫茶店のマスターは変わらず新聞を読んでいたので、多分聞こえていないはず。

 それでも、できる限りの小声で愛をささやいた。

 なのに……。

 なのに、マスターが心なしか笑顔の気がする……。


 も、もしや……聞かれた!?

 俺の愛のささやきが!


 あまりの恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。

 俺の様子を見た菜乃が耳打ちしてくる。


「マスターはね、いつもああやって、聞こえてないフリをしてくれるのよ」

「い、いつから聞こえてたのかな??」


「たぶん……さ、い、しょ、か、らっ!」


 最初からっだって!?

 そ、それって、菜乃はマスターに聞かれるのを知ってて「好き」と先に言ってみせて、俺に「愛してる」と言わせたのか⁉

 や、やられた……。


 この場でたったひとりのリスナー。

 菜乃はその視聴者の前で見事に俺をハメて見せた。

 顔から火が出るほどの恥ずかしさだが、迷惑どころか天に昇るほどの幸せを感じる。


 俺はカレンに言うべきことを伝えられ、菜乃との相思相愛を実感できたためか急に肩の力が抜けた。

 今までの俺にはカレンの影響が残ってただろうし、菜乃があまりに美し過ぎるのもあって、無意識に気を張ってたんだと思う。


 目の前のコーヒーを見る。

 もう苦いのを我慢するのはやめて、素直に砂糖とミルクを入れてからカップに口をつけた。


 菜乃はそんな俺に「うふふっ」と微笑むと、じっと見つめてくる。


「健太がちゃんと愛してるって言ってくれたら、しようって心に決めてたことがあるの」

「何?」


「もらって欲しいものがあるんだ。ねぇ、いい?」

「もらって欲しいもの? 菜乃がくれるなら、なんでも嬉しいよ!」


「よかった。じゃあ、この後に私の家であげるね」

「え? ここでじゃないの?」


「うん。今日はママいなくて、私ひとりなの。だから部屋で……ね?」

「な、菜乃!? ま、まさか……」


 菜乃が上目遣いで瞳を潤ませる。


「私の一番大切なものを今日、健太にあげるから♡」


 了


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☆ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。

このお話はここで一旦完結となります。

主人公の健太は、幼馴染みであるカレンの精神呪縛から自力で抜け出し、愛する菜乃を手に入れました。(色んな意味で)

また、Vtuberのメインヒロイン3人から脅迫を受けるというお話でもありました。

・菜乃からの脅迫は第1話

・瑠理からの脅迫は第29話

・カレンはたくさん(Vtuberデビューが後)


読者のみなさまに、少しでも楽しんでいただけましたなら嬉しいです。


☆完結を理由に読まれた方へ

読者の反応に飢えてます。


まあまあ楽しめたorフン、頑張りだけは認めてやる

と思っていただけましたら、★★★でご評価いただけますでしょうか。

みなさま、どうぞよろしくお願いします!

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幼馴染に彼氏ができて絶望していた俺は、学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberって何それ? 俺困るの? ただ巻き芳賀 @2067610

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