第2話 文字愛 vs 文字アンチ
「あなたは幼稚園の頃には新聞を読む変な子で」
これも
これについて
亜美の幼い頃、家には子供向けの本がなかった。
理由を突き詰めれば、母の
千秋は
更に、文字は小学校で覚える感覚の千秋だから、幼児に本を与える発想もなかった。兄が小学校に上がるまで亜美には
何しろ亜美はカトリックの幼稚園へ入園して間もなく自由時間に「聖書のお話」や聖歌集を読みにお
「
西洋人の神父様が声を上げて感動した位だ。多分、神の教えに導かれた子と思われて。化け猫の次が、神に愛される子。たった四年の人生の割にドラマチックである。
文字は読むもののコミュニケーション能力ゼロな幼稚園児と、日本語の達者でない外国人神父は幸せな誤解で結ばれた。
この通り、亜美は文字ならば何でも良かったのだ。新聞を全て読めていた訳がないが、鑑賞することに意義があったのだろう。
しかし、彼女には筋金入りの文字アンチが立ち
そして、六歳の時、文字愛vs.文字アンチ、騒乱のタネが
祖父母の
これは亜美には事件だった。
房子や千秋の感覚では、昭和視点で女子用の品以外、全て長男に与えるのが当然で
それが来た。しかも、文字がこれでもかと詰め込まれている辞書である。亜美がときめかない筈がない。今の子がタブレットをもらうより感動した自信が亜美にはある。
読み過ぎて小学校低学年で辞書はバラバラに壊れるのだが、そんなに読んで千秋が嫌がらない訳がない。しかし、辞書は自分の母が与えたものだから取り上げられず、
「幼稚園で判らなかった言葉を引く時だけ辞書を開いて良いです」
謎のルールが誕生した。ニュースの言葉等は引いてはいけない。
しかし、千秋は知らなかった。カトリックは文語を常用していたことを。
「てんにましますわれらのちちよ ねがわくはみなのとうとまれんことを」
「もろびとこぞりて むかえまつれ」
この見事な呪文ぶり。古語辞典が必要な気がするが、亜美は祈りや聖歌の
滅多に
その代わり、千秋は辞書と向き合う暇を削減する手に出た。
亜美のお手伝いは主に外掃除、掃除機がけ、
仕事が片付いていない、という理由で辞書から引き離され、千秋は亜美に可能な家事がないか目を光らせた。何が何でも読む時間を削りたい千秋の意思が感じられる。お陰で亜美は九歳でDIYから庭木の移植、時計修理まで担った。
千秋が読書を嫌ったのには彼女なりの深刻な理由もある。亜美の祖父、千秋の父は失明した。彼女にとって視力低下は恐怖である。
本を読むと目が悪くなる、そう固く信じていた千秋は子供達が本を読むのが怖かったのだろう。皮肉なことに子供達は読書好きだった。
また、娘は
亜美が本を読むと千秋に怒られる現象は学校に上がっても続く。怒られるから隠れて読み、隠れて読むと見付かった時に更に怒られる、このエンドレスだった。十代で俳優Χ氏と出会うまでは。
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