エピローグ

 十年後の八月――とある映画が公開された。


『異世界冒険記 恐竜ハンターレボリューションZ』という、少年少女が絵の中にある異世界へと迷い込み、恐竜ハンターになるストーリーだ。


 現在、少年少女から大きなお友達まで人気を博す、少年マンガが原作の作品だ。




 五歳の少年は父の手をぎゅっとにぎり、セミが鳴く、大きな人波の中を歩く。


「ははは。勇英ゆうえい、パパといれば大丈夫だよ!」


 と、父が明るく話すも、大好きな母に似た赤毛の勇英は口を結んで足を動かす。


 二人は映画のヒット記念で開催される、


《~Alice Special Live @あらかわ遊園~》に来ていた。


 だが、子供は浮かない表情だ。


 つい三日前、母が勤め先のケーキ屋でぎっくり腰で入院したのだ。


「ママは大丈夫だよ。ちょっと入院するだけで、来週には退院できるし」


 父が励ますも、子は信じられなかった。ママは悪い病気なんだ、幼心から感じていた。


「勇英、そんな顔するなよ。せっかくのAliceのライブなのに」


「ママが心配だもん」


「ははは。優しいね。パパはママの分まで楽しむけど。――なんたって、ヒデローおじちゃんの晴れ舞台だからね。この日のために彼は頑張ったんだから」


「ヒデローおじちゃんはどーでもいいよ」


 男の子はつれなかった。俯いてボソボソ話す感じが、いつかの少女と重なる。


 あらかわ遊園――アリスの広場は大型観覧車から望める、リニューアルされたステージはすっかり様変わりして水上ステージができ、一千人が着席できる客席にはちゃんとイスが設置された。


 しかし、この日は特別で、立ち見客が出るほど人が押しかけていた。その人数は1万人をゆうに超えている。楽観的だった父も顔をしかめ、震える子の手を握り返す。


 原作者の挨拶など聞かず、今か今かと待ちわびる大人を怖く感じたんだろう。


「ヒデローおじちゃん、カミカミだったね。――お、Aliceだ!」


 観客が一斉に立ち上がるので、一生の思い出になるよう、父が子を抱き上げた。


 男の子の視界には、アニメの中にいそうな全身真っ黒衣装の、腰まで伸びた長髪をなびかせる小柄な女性が見えた。彼女がこちらを向くと、観客は奇声と歓声をあげる。


「勇英、すごい人気だね!」


「うん! すごい!」


 我が子は笑っていた。背が小さいその女の子から放たれる、どんな絶望が世界で起きようとも、決して屈することのない絶対的な生気と歌声を間近で味わったのだ。


 優しく、可愛く、強く、青空と踊るよう、とても楽しく歌う――


 隣の大人たちは時間を忘れて、童心に戻って、晴れやかな笑顔で楽しんでいる。


 このときが永遠に続けば、と誰もが思った。


 魔法が世界を虹色に変えていく、夢のような時間はあっという間に過ぎていく。


「――いやぁ、サイコーだったね、勇英」


「パパ!」汗を拭く父に、息子はキラキラ輝く思いを話す、


「僕も、歌手になりたい! Aliceみたく、カッコイイ歌手!」


「本当かい? ぜひ、シェリさんに聞かせてあげなきゃね。あと、ヒデローにも」


 親子は細くて狭い道を歩く――。


 とてもとても長い旅路を、一歩一歩踏み出していくように。


 ふと、息子は父をちらりと見た。


 その横顔はひまわりのよう、大きく、逞しく、満開に咲いていた。

 

 おわり。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一期一絵な夏休み だいふく丸 @daifuku0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ