番外編その2:空ちゃん頑張る!
空ちゃん、歌姫と出会う
「……困った」
天子が言うように、民の暮らしは決して裕福ではなさそうだった。
大通りこそ行き交う人々や商人たちの威勢のいい声で活気に満ち溢れているが、それもよく耳を澄ませば聞こえてくるのは国への不平不満ばかり。
さらに大通りを少し外れれば、そこはもう空が慣れ親しんだ故郷とそう変わらない、今日を食いつないでいくだけで精一杯の人たちのみすぼらしい長屋がずらりと並んでいる。
長く戦争はないのに、どこか荒廃した雰囲気が都全体を覆っていた。
その原因はおそらく
しかも強欲壺の失脚は都の人たちも知っているようだったが、それでも彼らが歓喜をあげることもなく、どうせすぐ第二、第三の強欲壺が現れるだけだと諦めているのだから相当に根が深い問題と言えよう。
さすがのあの天子でもこの問題はそう簡単に解決できそうもない。
ましてやただの科挙受験生、しかもこれまで暗殺を生業にしてきた空としては
「……こんなの、空は何にも出来ない」
と早々にお手上げするのも仕方ないことであった。
しかし、諦めるわけにはいかない。
何か手はないか。こうなればいっそのこと悪徳官吏たちを一人ずつ殺してしまうか等と考えていたら、気が付けばいつの間にか都を見下ろす山の山腹にいた。
どうやらいつもの癖で人目の少ないところへと足を進めているうちにこんなところまで来てしまっていたらしい。
いつも頭から被っているボロ布を芭蕉に貸したので顔を隠せないというのも、周りの目から過剰に遠ざかってしまった理由のひとつであろう。
こんなことなら貸さなきゃよかったと思いつつ、せっかくだから少し身体を動かしておくかと空は両手の袂から短剣を取り出した。
暗殺者にとって戦闘とは、いかに相手の不意を突くかにかかっている。その為の移動術、体重移動、身のこなし、タイミングなどを空は幼い頃から祖父から徹底的に叩き込まれた。
その教えを今もなお忠実に守っている。
いや、守りすぎていた。
空は祖父の言いつけをきちんと守る素直な子であった。
それは暗殺者修行においては美徳である。が、立派に独り立ちした今となってはそうとも限らない。
そろそろ教えから離れて自分で色々と考えるべきだ。
空が型に嵌りすぎる前に、祖父はそのように教えるつもりだった。
が、それを伝える前に天災の手によって祖父は命を落とす。
故に残された空は考えることなく、ただひたすら祖父から教わったことの精度を上げ続けた。
かくして足の先から頭のてっぺんに至るまで完璧に意識が行き届いたその動きは、もはや芸術の域にまで達していた。
眼下に都を眺めながら、舞うように短剣を振るう空。
いつもより動きのキレがいいのを自覚していた。
最初はその景色の良さ故だろうかと思ったが、どうやら違うらしい。
原因は歌だ。
どこからかこれまで耳にしたことがない不思議なメロディーの、しかし、なんとも心が躍る少女の歌声が聞こえてくる。
だが、たかだか歌声ひとつでかくも動きが良くなるものなのか?
そう不思議に思っていると、空はあることに気が付いた。
歌のテンポが、完全に空の動きに
暗殺者の動きは決して一定ではない。相手に動きを読まれぬよう、常に微妙な変化をつけている。
にもかかわらず、その歌声の持ち主は結局最後まで空の動きと完璧に同調していた。
しゅるしゅるしゅる……。
最後は両手の短剣をくるくると回して袂へと戻す。
と同時に心地よい余韻を残して歌声も消えた。
空はふぅと小さく息を吐くと、歌声が聞こえてきた方へと振り返る。
それは純粋に好奇心によるものであった。
自分の動きに完璧に合わせて歌うことが出来る力量に感服していた。
そして同じくらい、暗殺者の動きを見て逃げ出すどころか、歌ってしまう破天荒さに呆れてもいた。
暗殺者を目撃するなんて下手したら問答無用で
「素晴らしいデスー、舞姫の人!」
が、更なる驚きが空を襲う。
あろうことか、その歌声の持ち主は振り返る空の直前にまで迫っていて。
「お願いデス!
と、驚く空に抱きついてきて、文字通り口を塞がれてしまうのであった。
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