無理神獣

 心臓や肝臓などを臓物ぞうもつと呼ぶことは、多くの人も知っていよう。

 が、その語源を辿ると、贈物ぞうぶつがなまったものだという事実を知っている人はあまりいないと思われる。

 

 贈物……それは生まれてきた時に神から与えられた贈り物。

 生きとし生ける者は全てこの贈り物を少なからず享受している。


 そして中には特別な贈り物を与えられた者がいる。

 今風に言うならばギフテッド。それが仙人の言うところの贈物使いであった。

 

「おぬしの俳句とやらもそうじゃし、天子の目もそうじゃ」

「なるほどなァ。確かに俺は生まれてすぐ一句詠んだらしいし、仏様からの贈り物と言われたら納得するしかねぇ」

「しかし、中には贈物ならぬ贓物ぞうぶつと呼ばれるものがある」

「なんだそりゃ?」

「盗品という意味じゃ」

「え、贈物って盗まれるのかよ!?」

「人間が生まれもっての贈物は大丈夫なんじゃがな……」


 言葉を濁す仙人に、しかし芭蕉はそれ以上追及したりはしなかった。

 代わりに草木が生い茂るケモノ道を、かき分けつつ進む。

 

 目指すは青龍河の集落。

 目的は連中が企てる反乱を未然に防ぐこと。

 

「なるほど、つまり連中の頭領がその贓物とやらを手に入れて、調子に乗って乱を起こすとか言ってるわけだな」

「そうじゃ。おぬしの力で止めてやってくれ」

「まぁ、そのつもりだけどよ。でも上手く行くかどうかは約束できんぜ?」


 さすがの芭蕉と言えども、相手がどのような力の持ち主か分からない以上、安請け合いは出来ない。が、

 

「大丈夫じゃ。おぬしほどの贈物の持ち主なら問題ない!」


 仙人はそう言うだけで詳しく説明をしようとしなかった。

 どうにも何かまだあるらしい。

 まぁ、だったらその何かも含めて楽しませてもらおうかと芭蕉は薄笑いを浮かべながら、青龍河を目指した。




 青龍河の貧民窟に辿り着いた芭蕉たちを待っていたのは、先ほどとは全く逆の対応だった。

 

「まぁ仕方がないって言えば仕方がないんだけどよ……」


 身なりもガラも悪そうな連中に睨みつけられて進みながら、芭蕉が背後の仙人へ声をかける。

 

「みんな、あんたを見て殺気立ってやがるぜ」

「そりゃそうじゃろ。皆が贓物の力を手に入れて決起だと騒いでおるのに、ワシだけがそれを諫めておるのだから」

「しかもそのあんたの命をる為に雇われたと思われていた俺が、実はその逆だと分かったとなれば」

「まぁ、あんたも一緒に袋叩きするつもりじゃろうなぁ」


 そんな身なりで来るからじゃと仙人が空のボロ布を背後から引っ張る。破られては戻った時にクゥから何を言われるか分かったもんじゃないので、芭蕉は「やめてもろて」と懇願した。

 

「でも、こいつら、さっきから睨みつけるばかりで何にもしてこねぇぜ?」

「かっかっか。所詮は見掛け倒しな連中よ、これまでも何度も襲われたが、その度にコイツでしこたま痛みつけてやった」


 仙人がアカザの杖をぶんぶんと振り回す。やはり武闘派仙人だったらしい。

 

「おい、爺さん! そいつぁ一体何者だ!?」


 と、貧民窟を中ほどまで進んだ時だ。対面から取り巻きを引き連れた偉丈夫が現れた。

 どうやらここの頭らしい。身なりは他の連中とそう変わらないが、これまでの苛烈な人生の中で鍛え上げられた肉体と、傷だらけの顔面スカーフェイスの迫力は他を圧倒していた。

 

「ふん、お前さんらの野望をぶっ壊しに来てくれた奴じゃ!」

「はっ、そんなガキがか!? 爺さん、とうとうボケちまったようだな」

「ボケとらんわいっ! 贓物を使えばすぐに分かるわッ!」

「言われなくとも使ってやるよ! そら!」


 頭の男が懐から何かを取り出す。

 拳大の玉だ。内部から水面のように揺蕩う青い光を放っていた。


 贓物である。そしてその本来の持ち主は――。

 

「青龍よ、出でよ!」


 男が玉を高々と掲げて命ずると輝きが一瞬弾けたように強くなって、光の輪を作った。

 途端に近くの青龍河からドドドドと地面を突き上げるような振動と共に激しい水しぶきが上がる。

 その水しぶきを先払に紺碧の鱗に覆われた巨体が、まるで真夏の入道雲のように河から空へと立ち昇り、貧民窟に大きな影を落としていく。

 

「おおっ! これが本場モンの龍か! すげぇ迫力!!」


 なんとなくそうなんじゃないかなと想像していた芭蕉だったが、実物はそれをはるかに超えていた。

 俳句の中には龍を詠んだものもある。だから龍を見るのはこれが初めてではない。

 しかし、俳句が生み出したものではない、ホンモノだけが持ち得る迫力は、芭蕉を唸らせるだけでなく、いつのまにか肌が粟立ち、知らず知らずに武者震いすらしていた。

 

「大丈夫じゃ!」


 そんな芭蕉の様子を見て、心を落ち着かせるように仙人がアカザの杖の先を肩の上へ置く。


「なぁ、仙人の爺さんよ……」

「なんじゃ?」

「……ありがとよ」

「は?」

「こんなスゲェ奴と一戦交えられるとは大陸に渡った甲斐があったってもんだぜ」


 仙人が何か言っているが、もはや芭蕉の頭の中では戦闘俳句バトルワードが次々とリストアップされ、言葉が耳に入ってきても理解は出来ない状態に陥っていた。


 松尾芭蕉、いよいよガチ戦闘モード発動である。

 

『さぁ、願い事を言え』


 とぐろを巻くように巨体で宙に舞う青龍が、自分を呼び出した頭の男に向かって空気を激しく振動させた。

 

「ああ、そこのガキを倒せ、青龍!」


 今まさに神獣・清流と天才俳人・松尾芭蕉の戦いの火ぶたが切って落とされ――。

 

『それは無理だ。他の願い事を言え』


 なかった!!

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