第二十八話:その瞳を知っている
暗殺者とは文字通り、暗闇に乗じて人を殺す者のことを言う。
しかし暗闇とは我々が思う、光がない状態のことではない。
意識の及ばない死角から刃を差し込み、命を刈り取るのが彼らのやり方である。
そういう意味でも、
芭蕉とのやり取りに天災が意識を向けていると見るや、音もなく空高くへ跳躍。空中でこれまた物音ひとつ立てずに懐から短刀を取り出した空は、その切っ先を天災の頭頂へ定めて急降下した。
後は無警戒な天災の頭へ短刀を突き刺し、頭蓋をぶち破って内部の脳を破壊するだけ。
が、しかし。
ガガガガガガガガガガッッッッッ!!!
あともう少しで刃が届くというところで、目に見えない壁に短刀の侵入を阻止されてしまった。
耳障りな金属音と、飛び散る火花。
そして「ちっ」と小さく漏れる空の舌打ち音。
「これはこれは。まだ開始の合図もかかっていないの奇襲を仕掛けるとは、反則負けになってもいいのですか、お嬢さん?」
「……そんなの、どうでもいい」
奇襲に失敗した空は、攻撃を阻止されてしまった不可視の壁を蹴りつけ、その反動で天災から距離を取った。
「……空は、お前を殺せれば、それでいい」
壁に遮られて刃こぼれした短刀を投げ捨てると、空は再び袂から新たな短刀を取り出して握りしめる。
とうとう対峙した祖父の仇を前にして、さすがの空も興奮が隠しきれずにいた。
「なるほど。以前から妙な視線を感じていましたが、あなた、どうやら私と何か因縁があるようですね。よろしい、ならばこの無礼も許しましょう。なによりここで私が反則勝ちになってしまったら、松尾芭蕉を私のものに出来ませんからねぇ」
それでよろしいか、と天災が階上の天子に視線を送る。
天子は頷いて改めて会試第四試練二試合目の開始を告げた。
「空、まずはお前の好きなようにやってみろよ」
「……ん、分かった」
芭蕉の指示を受けて空が天災の周りをゆっくりと歩き始める。
「おやおや、これはまたのんきなことを。一気に二人同時で攻めてきたらどうです?」
「そう言うなよ。あいつがどれだけ長い間、この瞬間を待ちわびたと思ってるんだ。まずはその意を受け取ってやれ」
「やれやれ、遊びに付き合う趣味なんて私にはないのですけどね」
俳句という特殊な能力を使う芭蕉と違い、暗殺者と言えども通常の攻撃方法しか持たない空など天災の眼中にはない。
あっさり超圧力で潰してやろうと片手を振るった。
「おや?」
ところが何故か空は圧し潰されることなく、変わらず天災の周りをゆっくりと歩いている。
「
と、そこへ空は短剣を突き出して天災に襲い掛かった。
天災が戸惑っているところへ、突然の急襲である。
しかも狙いは正確に天災の胸元、心臓部分。刃も肋骨をすり抜けて心臓へ届くよう水平に傾けられていた。
ガチンッ!
しかし、これもまた天災の不可視の壁によって敢え無く失敗に終わる。
「……むぅ、固い」
先の奇襲も、今回の急襲も、タイミング・狙いともに完璧だった。
それでも致命傷どころか怪我ひとつ負わせられないとは、予め想像してたとは言え厄介だなと空は顔を顰める。
「あなた、なかなか面白い技を使いますね」
一方、天災はかすかに微笑みを湛える口元へ手を当てながら思案する。
「動作の緩急で私の視野情報に狂いを生じさせている……はて、同じような輩とかつて対峙したような」
「……お前は空のお祖父ちゃんを殺した」
「あなたのお祖父さん?」
「……だから今度は空がお前を殺す」
「つまりはかたき討ち……ああ、そうか、思い出しましたよ。そうですか、あなたはこの人のお孫さんだったんですね」
そう言って天災は右手を空へと伸ばした。
その隙を空は逃さない。しかも急所は厳重に守られていても、手や足などの末端なら防御も薄いのではないかと狙いを変えたところだった。
まさにうってつけである。
「おおっと。あなたのお祖父さんに傷を付けないよう気を付けてくださいよ」
「……え?」
空が構えた短剣を振り下ろそうとしたその時のことだ。
「その中指の宝石、それがあなたのお祖父さんですよ」
ギクリと空が一瞬制止する。
その隙を天災もまた見逃さなかった。
「あうっ!」
ドスンと巨大な石が突然のしかかったかのように、空の身体が突然重くなる。
足が地面にのめり込み、あまりの重さに跪く。
「あううぅぅ……」
そこへ更なる加重が襲い掛かり、堪えかねてついに空は両手も地面につき、顔も地面に押し付けられるようにして地面へ這いつくばってしまった。
その姿はまるで裁かれる罪人そのもの。罪状は暗殺未遂。
「ああ、その瞳……あなたのお祖父さんと同じだ」
もはや絶体絶命、手足どころか指一本も動かせない状況にありながら、それでも空は見上げる天災を睨みつけた。
憎しみを深く湛えたその瞳は、いまだ暗殺を諦めていない意志を天災に向ける。
「紺碧の中に暗い炎がちかちかと燃え上がっている……ああ、美しいですね。あなたも後で宝石にしてあげましょうね」
しかし、天災はまるで意に介さなかった。
天災は知っていた。もはや空は羽をもぎ取られた蜂である、と。
確かに刺す力はまだ残っていよう。が、その機会は永久に訪れない。動けなければ、どれだけ危険な力を持っていても害はない。
いや、もとより害なんてなかったか。
かつてその技に感心し宝石にしてやった老人の孫を語る少女との邂逅に、思わず心が揺れ動かされてしまった。
いけないいけないと天災は自省する。
思いもよらぬ美味しい前菜とはいえ、それにかまけてては、いつまで経っても本命の主菜にありつけないではないか。
「さぁ松尾芭蕉、あなたを――あなたを喰らわせてください」
薄ら笑いを浮かべながら天災は芭蕉へと視線を送る。
その瞳は獲物を狙う獣のように熱く燃え滾っていた。
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