第二十話:強欲壺の秘策
むしゃむしゃ。
ゴトンゴトン!
むしゃむしゃむしゃ。
ゴトンゴトンゴトンゴトンッ!
芭蕉が柿を一口齧る度、御堂の中にどこからともなく金塊が現れては埋め尽くしていく。
しかもご丁寧に鋳型に流し込んで作られた金の延べ棒状態だ。
「あー、お前ら、報酬はこんなもんでいいか?」
点になった目を今は大きく見開き、それ以上に口もあんぐりと大きく開けて驚く親方たちに芭蕉は御堂の中を指差した。
親方たちはもはや言葉を失ったかのように大きく頭を上下させると、それぞれ金塊を抱えて貢院を出て行く。
勿論、芭蕉へ何度も首を垂れるのを忘れなかった。
「さてと、じゃあここからは金試験に提出する金塊を作っていくことにするか。幸いにも柿はまだまだ十分、俺の腹も全然足りてねぇからな。じゃんじゃか作るぞー」
芭蕉が荷台の柿へ手を伸ばす。
「い、いや、ちょっと待て、芭蕉!」
その手を義忠が慌てて握りこんだ。
「説明してくれ。どういうことだ、これは?」
「どうって見ての通りだ。俳句の力で金塊を生み出してる」
「そんなことが出来るのかっ!?」
「ふっ、言ったろ? 天才俳人の俺様に不可能はない!」
お堂に祀られた像に負けないぐらいのドヤ顔を芭蕉が決めてみせた。
とは言え、実のところ幾ら天才・松尾芭蕉と言えどもこれほどの
すなわち「法隆寺」と「柿」である。
その為に義忠には法隆寺になり得る新寺を作ってもらい、
まさにチーム芭蕉の協力関係が可能にした奇跡であった!
「……デタラメすぎ」
「何だと? どこがデタラメなんだよ、空!」
「……芭蕉が柿を食べただけで金が御堂から湧いて出てくるって、どう考えてもおかしい」
「まぁそれは確かに。実際、この俳句は本来『柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺』っていうもので『柿を食べていたら法隆寺の鐘の音が聞こえてきて、ああ、秋だなぁって感じた』って意味なんだ」
「金と全然関係ないじゃないかっ!」
「しかし、この天才俳人・芭蕉様の手に掛かれば、奥義・解釈違いで全く別の効果をもたらすことに成功したってわけよ」
すわなち『鐘がなるなり』を『金がなるなり』に解釈し「柿を食べたら法隆寺に金がざっくざく」って変換したわけである。
まさに驚くべきは芭蕉の俳句
と言って終わりたいところなのだが、念のために補足しておこう。
賢明なる読者の方々なら気付いておられよう。
『柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺』とは松尾芭蕉じゃなくて正岡子規の俳句だぞ! と。
ここまでもかなりデタラメであったが、さすがにこれはいい加減すぎる。もうダメだ、ブラウザバックしようと考える人は少し聞いて欲しい。
ブラバするならついでに第一話の末尾の一文をもう一度読み直してほしいのだ。
そこには予めこう記してある。
『この話は「彼こそが俳句」と謳われた若き日の松尾芭蕉――』と。
そう、つまりこの物語では松尾芭蕉こそが俳句そのものなのだ。
であるから彼の頭の中にはありとあらゆる時代の俳句が詰まっており、それを自由自在にいつでも引き出すことが出来る。
何故なら芭蕉という人物そのものが俳句だから。そこには読み手が誰かなどというのは問題にならない。そもそも俳句を魔法の詠唱のように扱い、具現化する能力を持つ俳人なんてのは、松尾芭蕉以外において他にいないのだ!!
そこのところをご理解いただき、この話はそういうものだと割り切って、今一度ブラウザバックするのを思い直していただけたら幸いである。
「なるほど。そういうわけであったか」
義忠が唸った。デタラメではあるが、デタラメの中にもそれなりに理屈があるとなんとなく感じたのである。
「……空はまだ納得できない」
「なんでだよ? 完璧な解説だったろ?」
「……やっぱり御堂の中から金が出てくるのはおかしい」
「だからそれは解釈違いで」
「……だって芭蕉が柿を食べたんでしょ? だったら金が出てくるのは芭蕉のお尻からだと空は思う」
「おおっ、言われてみれば確かに!」
「ちょ、ふたりともやめろ! 俳句ってのはイメージが大事なんだぞ。そんな余計なイメージを植え付けられて、もし俺のケツから金が出てくることになったらどうしてくれる? 俺様のケツ穴が壊れるじゃねぇか!」
芭蕉が必死に「金は御堂の中から。金は御堂の中から」と唱えながら、再び柿を食べ始めた。
空は快晴、まさに天高く芭蕉肥ゆる秋、であった。
「な、なんという……」
さて日が明けて翌日。
昨日のうちに部下から報告を受けていた
幸いにもその高さは貢院の壁を越えてはいないので外から見られることはないが、貢院に出入りが許されている者ならば嫌でも目に入ってくる。
そりゃあ宮廷も大騒ぎになるはずだと合点がいった。
「おう、強欲のおっさん! どうだ、こんなもんでいいか?」
強欲壺が驚き呆れながら金の延べ棒ピラミッドを見上げていると、傍の地面に丸々と大きく膨らんだ腹を出して寝転んでいた芭蕉がむくりと起き上がってきた。
どうやら一晩中ずっと柿を食べ続けていたらしい。痩せて元の体型に戻ったはずが、またもやデブ芭蕉に戻っていた。
それでもさすがは松尾芭蕉である、デブ語にはならない程度には抑えていたらしい。
「強欲ではない、強欲壺だ! 強卿と呼ぶがよい」
「へいへい。で、どうだ、これぐらいで満足か? 足りねぇならまだまだ出すけどよ」
金試験もまもなく終わりを迎えようとしている今、続々と受験生たちが戻ってきては金品を献上してきている。
が、言うまでもなく芭蕉たちがダントツで一番であった。
そりゃそうだ、柿を食べるだけで金がどんどん出てくるんだもの。他の受験生たちに勝ち目などない。
しかし。
「んー、さっきから何を言っとるのか、ワシにはちょっとよく分からんのだが?」
「何を言ってるかって決まってるだろ。これだけあれば金試験に合格出来るかって聞いてんだ」
「は? なんでお前が合格できるのだ? これはこの貢院で出土した金塊ぞ? お前が作り出したものではあるまい?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
今度は芭蕉が驚いた声をあげた。
芭蕉だけでない。隣に控えていた義忠も空も、同じように目を見開いたり、憮然とした表情を浮かべて驚いている。
「何言ってやがる!? これは俺が出したもんに決まってるだろうが! ほれ、見せてやるよ」
芭蕉ががぶりと柿にかぶりつく。
するとゴトッゴトッと空中から金塊が現れては地面に積み重なっていった。
「どうだ? これで分かったろ!」
「ふむ、不思議なこともあったもんだ。たまたま偶然、お前が柿を食べたら地中から金塊が飛び出してきたのだろう」
「はぁ!? そんなわけあるかっ!」
「それを言うならお前が金塊を作り出しているという主張こそおかしな話ではないか。金塊とは空中から生まれるものか? 否、地中に眠っているものだ。となればこの貢院の中で採れた金塊はお前のものではなく、天子様のもの。それこそ自明の理ではないか」
これこそが一日考えて打ち出した強欲壺の理であった。
もし貢院以外の土地に寺を作られていれば危なかったであろう。が、寺が貢院の敷地内にある以上、ここは国有地であり、そこで採れたものは即ち国のもの。
強引ではあるが、決して理の無い話ではない。
「そ、それは詭弁だ! あなただって見ただろう、金塊は突如として空中から現れた! 地面から掘り返したものではない!」
「詭弁はそなたの方だ、曽義忠。さっきも申してるように金塊が空中から出てくるなど有り得ぬ話だ」
「……でも、実際に空から落ちてきてる」
「いいや、ワシには地面から一度飛び出してきているように見えるが? なぁ、お前たちもそうであろう?」
空の反論に強欲壺は後ろで控える部下たちに意見を求めると、彼らは皆一様に「然り然り」と頭を縦に振る。
「ほれ見たことか。お前たち、科挙に合格したい気持ちは分かるが、通常に考えれば決してありえないことをかくも強引に主張してはさすがに品位を疑われるぞ?」
「品位を信じられねぇのはお前の方だ、このボケッ!」
「はてさて困ったものだ。これ以上、そんな馬鹿なことを言うようなら、ワシは世の安寧の為に狂ったお前たちを牢屋にぶち込めねばならん。そう、かつて同じようにありもしないことをさも本当のことのように偽った曽義之のようにな」
「貴様っ!!」
「ふん、曽義忠よ。お前の父も皆とはまるで異なる主張をする痴れ者であった。親子よのぉ」
「それは貴様が証言者たちに賄賂を渡していたからであろう!」
「はっ! 憶測で軽々しいことを言うでない! それよりも今はお前たちだ。どうだ、この金塊はこの地で出土した国のものだと認めるか? それともお前たち以外の皆が地面から出てきたと言っているのに、愚かにもまだ自分たちが空中から出したなどとくだらぬ主張を――」
「はて、朕には空中から出現したように見えたが?」
その時だった。
強欲壺の言葉を遮って、何者かの声がその場にいる全員の耳朶を打った。
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