第十八話:そうだ、寺を建立しよう

「は? 寺を作る?」


 かの強欲壺すらも唸らせる金試験対策とはいかなるものかと芭蕉の案を拝聴していた義忠は、思わず我が耳を疑った。

 

「そう、寺デブ。っつーても試験の期限はたった一ヵ月しかねぇデブ。だからそんな立派なもんじゃなくて、茶室に毛が生えた程度でいいデブ」

「毛が生えた程度でいいって、そもそも土地はどうする?」

「んなもん、ここに建てるに決まってるデブ」


 こことは即ち貢院こういんである。

 現在は科挙受験生たちの宿舎として使われている貢院だが、かつては受験会場そのものであった。

 今と違って死ぬ可能性がほとんどない(試験中に憤死したなどの実例があるので可能性はゼロではない)当時の科挙の受験生数はそれはそれは膨大なもので、特にこの都では一度に何万人が受験する。その為、貢院も広大であった。


 が、現在はそこまでの人数が受験することはなく、建物も老朽化が激しいので、必要なだけを残してほとんどが取り壊されている。

 故に貢院内部には土地が有り余っていた。

 

「そんなこと勝手にしていいのか?」

「科挙で亡くなった受験生たちの魂を弔うって名目にすれば大丈夫だろうデブ」


 大丈夫かなぁと一抹の不安を覚える義忠であるが、最も危惧するのはそれではない。

 

「というか寺でどうやって金儲けするつもりだ?」

「馬鹿だなぁ、義忠。寺は儲かるデブよ? 恋愛成就、健康長寿、安産、子宝、出世開運、合格必勝とにかくそこらへん全部ひっくるめてたいそうご利益があるって噂を流したら、参拝客が押し寄せてウハウハデブ」

「馬鹿はお前だ、芭蕉。出来たばかりの寺にそんなご利益があるなんて誰が信じるものか。……あ、いや、もしかしたら俳句で参拝客にご利益を振舞うのか?」

「お前は俳句をなんだと思っているデブ? そんなつまらないことで俳句を使うなデブ!」

「だったらどうすると言うのだ! あのなぁ、そういうご利益の噂ってのは、長い歴史を誇ってこそ信憑性が出るというものだ。それにいくら参拝客が多く訪れたところで、わずか一ヵ月程度の時間でどれだけのものになる? どう考えても寺を作る出費の方が高くつくぞ。それに俺が言いたいのはそういうことじゃなくて――」

「大丈夫大丈夫、とにかく寺さえ作ってしまえばあとはなんとかなるデブ」

「どういうことだ?」

「まぁ、俺に任せるデブ」


 普通に考えればとんでもなく胡散臭い話ではあるが、芭蕉の言うことだ、何かしらの手はあるのだろう。 

 が、金は天下の回りものと言われるほど、この世界の誰もが関わっているものだ。その金を大量に、しかも短期間で集めるとなれば、誰かしらに迷惑をかけることになる。

 それこそが義忠の最も危惧するところであった。

 

「安心するデブよ、義忠。それともこの松尾芭蕉がたかが金儲け如きで人様に迷惑をかける愚か者に見えるデブか?」

「ふっ。そうだったな。さっきは物取り強盗だのなんだの物騒なことを言っていたから、ついお前の本質を忘れてしまっていた」

「いいか義忠、これだけはよく覚えておくデブ。国が何か大きなことを成す時には確かに金が必要デブ。が、それを民から無理矢理徴収することは絶対にやっちゃいけねぇデブ。民の生活を苦しめてまで作るものには何の価値もねぇんデブよ。そういうのはな、多くの民に喜ばれるから作るんデブ。それならみんな進んで金を出してくれるデブ」


 確かに芭蕉は破天荒な男である。しかし、その言葉は義忠の心を強く引き寄せる力があった。

 今も義忠は芭蕉の言葉に強く感銘を受けている。

 まぁ、これで見た目が全身汗だらけのブタ男でなければなおよかったのだが。

 

「うむ、この義忠、深く心得たぞ。で、俺は一体何をすればいいんだ、芭蕉?」

「ああ、義忠には職人を集めて早急に寺を建てて欲しいデブ」

「分かった。が、職人に払う金はあるのか?」

「その辺りは心配しなくていいデブ。職人には相場の二倍、いや三倍出すと言ってじゃんじゃか集めてこいデブ」


 相変わらず肝心なところを芭蕉は教えてくれない。が、先ほどまでとは違って今の芭蕉は信じていいように思えた。

 それに他に金儲けをするアイデアが義忠にはない。せいぜい身体を鍛える運動を有料で教えるぐらいなものだが、それで試験に合格出来るほどの金を稼ぐことが出来るとは到底思えなかった。

 

 ならば今回も一か八かで芭蕉を信じてついていくべきだろう。

 義忠には全く想像がつかないが、きっと芭蕉には何かとんでもないアイデアがあるはずだ。

 

「心得た。なんとか職人を集めて寺を作らせよう」

「おう、任せたデブ!」

「……クゥもそれを手伝えばいいの?」


 と、これまで芭蕉と義忠のやり取りを黙って見ていた空が、芭蕉の服を引っ張ってきた。

 生試験の時もそうだったが、空は義忠ほど芭蕉の作戦の真意を知りたがろうとしない。今もさっきまでぼんやりした様子でふたりの話を隣で聞いていた。

 空にとって大切なのはいかに天災を倒す手段を得るかであって、それ以外は全部ふたりにお任せなのかもしれない。

 

「いいや、空には別にやってもらいたいことがあるデブ」

「……なにをするの?」

「お前の故郷ってここよりずっと北にあるデブ? だったら、ある物を買ってきて欲しいデブ」


 そう言って芭蕉は空の小さな耳に口を近づけると、そのとやらの名を囁いた。

 どうしてそこで囁く必要がある、ここには俺たちしかいないのにと義忠は疑問に思ったが、口に出すのはやめておいた。

 芭蕉のことだ、どうせ自分には内緒にしておいた方がいざって時に面白いとかそういう理由に決まっていると自ずと答えが見えたからだ。

 

「……ん、分かった。買ってくる」

「任せたデブ。出来るだけ多く買ってきてくれデブ」

「……うん……じゃあお金、ちょうだい」

「ああ、そっちも後で相場の数倍出すからと……え、現金じゃないとダメデブか?」


 ふるふると頭を振った空がうんと頷く。

 ちなみに空はほとんど無一文だ。なお芭蕉は完全に素寒貧だ。

 ということで。

 

「義忠、お金ちょうだいデブ」

「……ちょーだい」

「そう来たか……」 


 用件を内緒にされた上に金までせびられるとはどういう立場なのだろう。

 そう思いつつも仕方なく自分の懐に手を伸ばす義忠であった。

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