第九話:俺を見ろ

 会試験第二関門・生試験。

 謀略も殺人もなんでもありのサバイバル試験ではあるが、実際は統治者としての資質が問われている。

 その事にいち早く見抜いた芭蕉は、何よりも先立って協力し合える仲間を求めることにした。

 

「なぁクゥ、武試験では俺のおかげで戦わずに済んだだろ?」

「…………」

「その借りを返してくれよ」

「…………」

「ちょっとお前にやって欲しいことがあってさぁ」

「…………」

「おい、なんとか言えよ」

「…………」

「おーい! なんか反応してくれー!」


 もっとも芭蕉が仲間に引き入れようとした空は、ボロ布の中でずっと無言を貫いている。

 

「芭蕉、もういい加減に諦めたらどうだ? ここまで無視されてるんだ、仲間になってくれるわけがないだろ」

「いいや、諦めねぇぞ俺は」

「そもそもどうしてこの子なんだ? この子は……」


 と、その時、まだこの場に残っていた者たちに動きがあった。

 天災である。

 天災が、おそらくは先日の剛毅殺しの後に彼の元へ下ったのであろう仲間たちを引き連れて、草むらへ身を投じていく。

 

「…………」


 それを見て空も無言のまま追いかけようとした。

 その腕を芭蕉がぎゅっと掴む。

 空は何も言わない。手を振るい払いもしない。

 ただ、ボロ布の中から「手を離せ」とばかりに芭蕉を睨みつけてきた。

 

「はははっ。あの時は逆だなぁ」


 が、芭蕉は腕を離さないどころか、全く意に介することなく屈託のない笑顔を浮かべる。


「…………?」

「ほれ、あの時だよ。俺が天災とやろうとした時、お前、俺の腕を掴んだだろ?」

「……ああ」


 説明されて合点がいったのか、小さく空が呟く。

 だからと言って束縛されることにまで納得したわけではなさそうだ。

 ボロ布の中から今度は「手を離して」と実際に言葉で抗議してくる。

 

「おっ、ちったぁ俺と話す気になったかい?」

「……手を離して」

「そうそう、お互い畜生じゃねぇんだ。まずは話し合わねぇとな」

「……手を離して」

「てことで先日の借りを返してほしいんだけどよ」

「……手を離して」


 一方的に話を進めようとする芭蕉と、何を言われても「手を離して」としか言わない空。

 その状況に義忠が「おい、やっぱりこちらの話を聞く気はなさそうだぞ」と進言しようとするが

 

「この前のよ、お前が言った『私が相手』ってセリフ、あれって『お前が俺の相手をする』って意味じゃねぇよな?」

 

 芭蕉の言葉に空が微かに反応したのを見て思い止まり、代わりに「じゃあどういう意味だったんだ?」と素朴な疑問を芭蕉にぶつけた。

 

「簡単さ。あの場面で俺が相手じゃねぇとしたら、空がやりたかった相手はひとりしかいねぇだろ?」

「まさか、天災か!?」

「そうさ。何があったのかは知らんが、こいつ、どうやら天災の命を狙ってやがるらしい」


 ふと義忠の脳裏に先日の落日に交わした会話が蘇る。


『戦えばまた死人が出るかもしれない。だからしばらく戦いにはしたくない』


 しばらく、ということは時が来ればいずれ戦うということなのだろう。

 だが、同時に『天災と戦って死ぬかもしれないのはお前じゃない』と言われたのが気になっていた。

 まるで自分以外の奴と共闘するような言いぶりに、誰か当てがあるのだろうかと思っていたのだが。

 

「そうか、だからお前は空を仲間にしようと……いや、ちょっと待て。さっき空が天災の命を狙っているって話だが、それは本当か? こいつが直接お前にそう言ったわけではあるまい? お前の勘違いということはないか?」

「そいつはねぇな。何故ならあの時、こいつの底なし沼みたいな瞳に俺は映ってなかった。天災の野郎だけが映ってやがったよ。思えば最初に会った夕餉の時も、こいつに見られているって感じはなかった。それもそのはずさ、だってこいつは俺たちじゃなく、最初から天災を観察する目的であの場にいやがったんだからな」


 目は口ほどに物を言う、故に芭蕉は人物の目の表情や視線に敏感だ。

 例えば相対する人物の目が不遜で自信に満ち溢れているのなら、相手は自分を舐めてかかっていると分かる。

 逆に幾ら口では強い言葉を並べても目の奥に怯えが見えれば、虚仮威しと見破れる。

 そして映っていないということは自分が眼中にないという意味であり、芭蕉はそれだけで空が天災に対して並々ならぬ想いを抱いていることを察した。

 

「で、だ。空が天災と戦いたいのなら、俺はますますこいつと戦うわけにはいかなくなった。なんせあそこで俺と戦ったら、こいつはもう先には進めないからな。とは言え俺が天災と戦うのもなんだかこいつに悪い。なので仕方ないから代わりに剛毅のおっさんへ喧嘩をふっかけたわけさ」

「……それが貴方の言ってる『借り』ってこと?」


 しばらく無言で芭蕉と義忠の話を聞いていた空が、呟くように小さく、抑揚のない声で尋ねてくる。

 

「その通り! お前がこの生試験に進めたのも全部俺のおかげだぞ。感謝しろよな」

「…………」

「てことで今度はお前が俺の手伝……って、おい!」


 不意に芭蕉は身体を引っ張られて、たたらを踏んだ。

 空が芭蕉に掴まれた腕を強引に引き解き、今さらながら天災の後を追おうとしたのだ。


 それでも芭蕉は空の腕を離さなかった。

 が、空も空で、芭蕉よりも一回り身体が小さく、しかも女の子なのに、そこそこ鍛え上げた芭蕉を引きずるようにして草むらへとかき分け入ろうとする。

 

「お、おい、ちょっと待て! 勝手に行くなって!」

「……手を離して」

「またそれの繰り返しかよ!」

「手を離して……じゃないと殺す」


 以前として芭蕉を引きずりながら、ぼろ布の中からギロリと今度は明らかな殺意を込めた視線を芭蕉へと向ける空。

 空は苛立っていた。

 芭蕉の言うように、空の狙いは天災である。天災の命を奪う為に科挙を受けた。

 だからこの森の中での生試験は、天災を四六時中監視して隙を見つけては殺す絶好の機会である。


 それを妨害されることだけでも腹立たしいのに、さらには調子に乗って武試験で情けをかけてやったときた。

 

 確かに芭蕉の尋常ならざるところは空も認めるところだ。

 しかし芭蕉に劣るなどとは空は全く思わなかった。むしろ戦えば確実に勝てる自信がある。

 俳句とやらがたった17音で効果を発揮するのは脅威ではあるものの、剛毅とは比べ物にならないスピードが空にはあった。5音、いや、3音も発する前に空の刃は芭蕉の心臓を貫くだろう。


「お、おい、芭蕉。やっぱりこいつは諦めろ! こいつは暗殺者だ。分が悪すぎる。本当に殺されるぞ!」

「大丈夫だよ、義忠。こいつは俺を殺せねぇ。だってよ、こいつも知らず知らずにって気付いてやがるんだよ」

「……殺す」

「アホか! お前ら暗殺者は言葉にする前に行動に移するもんだろうがよ! 殺すって言ってる時点で殺せねぇことぐらい気付け!」

「……ぐっ」

「それにお前もとっくに気付いているんだろう? 今の自分では天災には勝てないって」

「……なっ!?」

「だってそうだろう? もしお前が天災に勝てると踏んでるなら、何も言わずに俺の腕をちょん切って奴の後を追いかけたはずだ。なのにお前はそうしなかった。今のままでは勝てねぇってお前も分かってるんだ」


 空の足が止まった。

 同時にさっきまで感じていた苛立ちも途端に霧散した。

 何故なら苛立っていた最大の理由が芭蕉ではなかったことに気が付いたからだ。


 苛立ちの源は空自身にあった。

 芭蕉を即座に殺さず、天災を追いかけようとしなかった自分への戸惑い。いつもとは違う自分の行動が理解出来なかったが、言われて初めて空は気が付いた。

 

 そう、空は自分でも知らないうちに悟っていたのだ。

 今のままではどんなに隙を伺おうと天災を殺せない、と。

 

「今のままだとお前は天災には勝てねぇ。が、俺と一緒ならどうだ? 何か策が見えてくるような気がしねぇかい?」

「……本当に見えてくる?」

「お前次第だけどな。だからよ」


 芭蕉は握っていた空の腕から手を離した。

 代わりに両手を空が頭から被っているボロ布の縁へかける。

 空は動かなかった。動かず、芭蕉にされるがまま、ボロ布から顔を出す。

 

「よし、ちゃんと俺を見るようになったな。てことで、よろしく頼むぜ、空」



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カクヨムコン8初週のランキングが発表になりました。

『無双の細道』はなんとエンタメ総合部門の第17位にランクイン!

17位ですよ、17位! まさかまさか俳句の5・7・5の総数17と同じ順位!!


見たか、これが俳句の力だ!(笑)


ということで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

また、星評価がまだな方は是非ともよろしくお願いします。


タカテンの おバカコメディ 星入れて

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