第八話:生試験始まる
「第二試験は、この地で行う」
武試験が終わって一週間後、受験生たちはいくつかの馬車に分乗し数日、さらに丸一日歩き続けてとある渓谷へと連れてこられた。
長い年月をかけて風雨が岩石を浸食して生まれた細長い峰がいくつも林立し、その麓にはほとんど人の手が入っていない森が広がる。
森の中へ入るとすぐに道らしき道は無くなり、試験官に言われるがまま、草木をかき分けて受験生たちは進んだ。
途中で獣に襲われたり、アブに刺されたり、ぬかるんだ地面に足を取られたりしながら、それでもさすがは会試まで生き残った強者ばかりである、ひとりの脱落者も出ることなく目的地の開けた場所へと辿り着いた。
「こんなところで一体どんな試験をさせるつもりだよ?」
「生試験だ」
「生試験?」
「ああ。お前たちにはここで一週間過ごしてもらう。なにをしてもいい、とにかく一週間を五体満足で生き抜くことが出来れば合格だ」
「なるほど。つまり俺たちの生命力を測るから生試験って言うわけか。しかし、なにをしてもいいってのはどういう意味だ? それに五体満足って言い方もおかしい。普通は怪我や病気などでリタイアしなければ合格って言うようなもんだが?」
「それはお前らが自分自身で考えろ」
それ以上は説明する義務がないとばかりに試験官は芭蕉を無視すると、受験生全員に向かって一週間後に再びここへ戻ってこいとだけ言い残してさっさと立ち去っていった。
「どうやら受験生同士で殺し合うのもありってことらしいな」
試験官に続くように多くの受験生たちが各々思う方向へ姿を消すのを見て、義忠が芭蕉へ耳打ちした。
「みたいだな。我先にと森へ入っていくのはワナでも仕掛けるつもりかね、まったく」
「俺たちも急いだ方がよさそうだぞ、芭蕉」
「は、気が小せぇなぁ、義忠。ワナなんぞにこの芭蕉様がかかるもんかよ」
「しかし、ここまで来る間に俺もお前も水を飲み切ってしまった。この状態で川の上流から毒でも流されたらたまったもんじゃないぞ」
確かに義忠の言う通りである。
科挙に合格すれば名誉も莫大な金も入ってくるこの時代、どんなズルいことをしてでも合格しようとする者は少なからずいるものだ。
「ふん。ならば義忠よ、もしお前が川の源流を見つけたら毒を入れるか?」
「俺はそんなことはせん」
「何故? 試験官は禁止してないぜ?」
「そうかもしれんが、それは人の道に外れる。この国を導く人物には相応しくないことだ」
「だよな。いいか、義忠。なにをしてもいいってことはよ、逆に言えばなにをしたらいけないのかと考えるその人物の本質を問われるってことでもあるんだぜ。つまりよ、この試験のルールがゆるゆるなのは、そんなところをどこからか見てやがるからなんだよ」
あっと義忠は小さく感嘆の声をあげた。
なんでもありと言われれば、人はつい何をしてもいいと思ってしまう。しかし実際はそのような枠組みを取り外された中で、いかに自分を律することこそが問われているとは義忠は考えてもいなかった。
どうやら生試験とはサバイバル能力だけではなく、いかに人として生きるかを見定められる試験らしい。義忠はいっそう身が引き締まる思いがした。
「それに川へ毒を流される心配はないと思うぜ」
「どうして言い切れる? 確かにこの試験は俺たちの人格も問われているが、全ての受験生がそれに気づくわけではないだろう? 中には気付かずに毒を入れる奴も」
「大丈夫だって。てか、この渓谷に川は流れてなさそうだし」
「……は?」
「ここに来る途中、ずっと耳を澄ましてたんだ。が、川のせせらぎはまるで聞こえなかった。しかし、棲んでいる獣の数は多い。ということは水飲み場はあるはずだ。おそらくは湧き水の池がある。しかも結構な数の、な」
旅慣れている芭蕉にとって、水の確保は常に心掛けている重要項目のひとつである。
だからクセになってるんだ、森の中で耳を澄まして川のありかを探るの。
「さすがにそんな多くの池にひとつずつ毒を入れる用意なんてしてねぇだろ。だから多分大丈夫だ。それにもし仮に自分が確保した池以外に毒を入れて使えないようにしていたら、その時こそそいつをぶん殴って排除すればいい。そんな奴に国を任せるわけにはいかないからな」
「なるほどな」
「とはいえ、やっぱりあの試験官の言いぶりはちょっと気になる。てことでここはひとつ、頼りになる仲間を作ろう」
「仲間?」
「ああ。殺し合いが認められているんだ。仲間を作るのも当然認められてるだろ」
そう言うと芭蕉はにやけた表情を浮かべながら、まだこの場に残っていた、見覚えのある真っ白い衣の男の方へと向かう。
「お、おい、芭蕉! まさか仲間って!?」
慌てて止めようと右手を伸ばす義忠。だが、芭蕉はその義忠の手を振り切ると、しかし天災の傍をすり抜け、さらにその向こうに佇む、これまたお馴染みのボロ布を頭からすっぽり被る小柄な少女へと話しかけた。
「なぁ、
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