たゆたう 耕介 1

 結局、耕介はその文庫本を購入した。


 最近は目がチラチラするような可愛系のマンガチックな表紙の絵が多い中、


 それはタイトルと色の違う九匹の龍が絡み合ったシンプルだけどリアルな絵柄に俺の心は惹きつけられた。


 だから耕介が手に取ってもなんら違和感はないんだよ。でも内容はファンタジー小説なんだけど……。


 多分俺が思うに、耕介は龍の絵柄に目が留まったんだと思う。『光ってる』なんておかしな表現してたけど……。


 なにせ耕介って龍が好き過ぎて部屋にも龍の墨絵のような絵画が飾ってあるし、部屋中龍だらけなんだ。


 以前、仕事で行った福井県には恐竜博物館があるんだよね。自分で調べて行きたいって言ったくらいだから相当好きなんだと思う。


 俺もどちらかというと恐竜とか龍とかめっちゃ興味ある方だからその点、耕介とは気が合うんだ。


 福井県から帰る途中に長野県のガラス工房にも寄ってきた。


 そのガラス工房で、いたく心が惹かれると出会っちまった。



※※※


 俺はを眺めていた。


『めちゃくちゃ綺麗じゃん!超かっこいいし、薄赤紫色うすあかむらさきいろ、これってどうやって色付けするんだろうな。欲しいな〜』


 恐々おそるおそる手に取って眺めてたんだ。硝子って繊細でちょっとでも力加減を間違えたら壊れてしまいそうだもんね。


 落としてはいけないと思いながらも手に取って見たんだ。で、値札を見てびっくり!

『二万二千円……無理だ』


 そっと棚に戻す俺を見ていた耕介は棚のそいつを持ってレジに向かった。


『耕介さん!無理無理、それ二万円越え!』


『気に入ったんだろ。買えばいい』


『だけど二万はちょっと高いでしょう』


『こんな職人技の作品を二万円で買えるなんて安いもんだろ』


 出た〜。


 ぼんぼん!金持ち!男前!


※※※


 ってな具合で一目惚れした硝子細工のは俺の宝物になった。


「ラーメン食べに行くんでしょ」


「ニチニだよ」


 ニチニっていうラーメン屋は耕介絶賛の行きつけの店なんだ。


 ラーメン屋みたいな店名じゃないけど、れっきとしたラーメン屋、中華麺とチャーシュー麺の二種類、他には餃子とご飯(大 中 小)そして名物のソフトクリームだけなんだ。ラーメンの後のソフト最高だよ。


「他に行きたいところありますか」


「京仁はないのか」


「ないです」


「十一時半……か、少し早いけど行列が出来る前に行った方がいいよね」


「そうだな」


 俺はニチニに向かった。その間も耕介は表紙の龍を眺めている。


「その表紙の絵いい感じ」


「そうだな。正直、表紙だけ見るとファンタジー小説には見えないから」


 あくまでファンタジー小説を買ったんじゃないって言いたいわけだな。


「でもファンタジーはファンタジーだから!痛って……」


 京仁が俺の左腕をつまんで、ぐりっとつねった。


「ファンタジーと言っても色々ありますからね」


 京仁……それでフォローしたつもりかよ。

ファンタジーはファンタジーなんだよ。つねられたあとが痛いじゃないか、


千緒ちおも買ったんだな」


 京仁が自分の膝の上にある本を見て言った。膝の上には俺が買った一冊と京仁が買った二冊の本がある。


「書き出しが面白そうだったから『そこはどの時代とも、どの国とも呼べない』ってじゃあ、いつのどこなんだよ!ってツッコミどころ万歳だろ!あはは!読み終わったら、貸してあげようか」


千緒ちお、作品を馬鹿にしてんの?」


「えっ……馬鹿になんてしてないよ。『どの時代とも、どの国とも呼べないって』なんかおもろくない?あはは」


「どこが……」


「……。で、読む?」


「読む?っていう、その言い方が不愉快だな」


「不愉快ってなに?別に……普通に言ったんだけど」


「普通……それで?」


 京仁きょうじんは時々めんどくさい時がある。利喜りきかけると同類なんだとつくづく思う。


「じゃあ読み終わったら貸してあげるよ」


「漢字、読めるのか」


 ミラー越しに耕介と目が合った。


「大丈夫、ひらがなうってたから」


「なぁ、千緒」


「なに、耕介くん」


「ひらがなって言わないんだ。それを言うなら、うってるじゃなくて、振ってるだよ。因みにルビって言うんだ」


「ふりがな。そうなんだ。ちなみにルビなんだ。そう言えばかけるがそんな事言ってた気がする。あはは!『めんどくせぇ奴らだな』」


 みんな同類だ。助けて〜、梧平〜。


 京仁はしらっとして車窓から外を眺め、耕介は手元の本に視線を向けた。本を開いた音がしたと思ったら、


「耕介さん、本を読まないでください。下を向いてたら酔いますよ」


 耕介……自分が車酔いするたちって忘れてんのかな。


「ああ、そうだった。車酔いするんだった。千緒が言うから読みたくなってしまって」


「『俺のせいにしてる』それファンタジーなのに読みたくなるんだ。痛い!」


 さっきよりも強く皮膚を握られて、レモンをしぼるようにつねられた。


「その口にチャックしろ」


「口にチャック?どうやって、ねぇ京仁くんどうやって口にチャックするの」


 だって実際、俺の大好きなファンタジーを散々コケにして『そんな世界はない』とか『浸る意味はない』とか言ってきたんだからね!そう簡単にファンタジー愛好家の仲間入りはさせてやんないよ!


 京仁は腕を伸ばして俺の唇を摘んだ。


『ちょっと!喋れないじゃん!手を離してよ!』


 声にならない叫びが喉の辺りで、もごもごと唸り声になるだけ『運転中だよ』離してよ。


 京仁を見るとほくそ笑んでいる。


 ムカつく……覚えてろ!京仁。


 道中こんな感じでラーメン屋のニチニに無事に到着!


 店内はまだ混んでいなくてカウンター席に三人並んで座って三人揃ってチャーシュー麺とご飯、大盛りを注文した。



 







 


 

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あいらぶ⭐︎耕介 貴方がいてくれるから僕らはこうして生きていける 久路市恵 @hisa051

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