ギリギリを越えて

『深宇宙巡航船アルシオン――間もなく離陸シークエンス開始。オーム11、オーム14。共に離陸を承認――』


「――さあ、いよいよ出発ね! 準備はいい?」


「は、はいっ! いつでも行けますっ! き、緊張してきました……!」


 無数の複雑な機械が並ぶ、とある宇宙船のコックピット。

 少しだけ窮屈なその場に設けられた二つの座席に座るのは、まだ年端もいかぬ少年と少女。


 今から二人が挑むのは、初めて人類と魔物――今はオートマタと呼ばれるようになった、月を住処とする種族とが共同で推進する、太陽系外惑星への巡航プロジェクトだ。


 類い希なる才能を持ち、厳しい訓練を乗り越えた二人は、多くの人とオートマタを乗せた、この船のメインパイロットに選ばれた。


 間もなく始まる人類にとって〝二度目となる船出〟に、二人は緊張した面持ちを浮かべながら、その胸に大きな希望と夢を抱いて機体の最終チェックを行っていく。


「心配しないで! この船には私がいる……なんたって私は、あのライトライド家の当主なんだから!」

『イエス、マスター:D』


「で、ですね! 目を開いて、前を向けば……どんなギリギリだってきっと乗り越えられる……僕の両親も、そう言ってました!」


「そうそう! 貴方だってあの伝説の勇者様の血を引いてるんでしょ? 何かあったら、ちゃんと私やみんなのことを守って貰わないと!」


「そ、そういうのはあんまり……僕はただ、生まれつき周りにある揺らぎが見えるっていうだけで……その……」


「〝だけ〟じゃないでしょ? 私からしたら、生まれつき揺らぎが見えるなんて、すっごく羨ましいんだから!」


 どこか弱気に答える黒髪の少年に、星の光が流れる特徴的な瞳を持つ少女は、深い信頼が宿る眼差しを向けた。


「これでも、貴方のことはとっても頼りにしてるの……ライトライドってだけで学校で変な目で見られてた私を、あなたはいつも支えてくれた……本当に、感謝してる」


「そんな、僕は……」


「ずっと昔……私のご先祖様が〝月の女王〟と結ばれて、子供が生まれて……それからずっと、私たちは人とオートマタの間で揺れ動いてた。今はもう昔ほどじゃないのは分かってるけど、それでも……やっぱりあなたには、いっつも支えて貰ったからさ――」


 かつて――少年と少女が生まれるより何百年も昔。

 人とオートマタは、千年の長きに渡って争っていた。


 いつ終わるともしれない争いの果て。世界は絶望の闇に覆われ、それを見かねた神は、ついに最後の審判を全ての命に下そうとした――


 だがしかし。 


 そこには、人と魔の架け橋になろうとした盟主がいた。

 その盟主を支え続けた、オートマタの女王がいた。


 絶望的な環境から這い上がり、多くの命を救った騎士がいた。

 悩み迷いながらも、人々を笑顔にしようとした偉大な教皇が。

 己の罪に苦しみながら、やがて愛を知った無双の剣士がいた。


 たった一人、己の身一つで命を守ろうとした勇者がいた。

 そして――常にギリギリになりながらも、いつまでもその勇者を支え続けた侍がいた。


 結果として、彼らの活躍で世界の滅びは防がれた。


 命の尊さを知った神は星に住む命と手を取り合い、傷ついた世界と命を共に癒やすため、地上に降りたのだという。


 ――それらの記録は、今も様々な文献や記録媒体で見ることができる。

 英雄達が歴史の表舞台から去って長い年月が流れた。

 だがそれでも、彼らの活躍に胸を躍らせる者は後を絶たず、こうして彼らの繋げた道は今も続いている。


「私もあなたも、そんな沢山の人たちが頑張った先に生きてる……みんなギリギリでも頑張って、最後まで諦めないで必死で考えたから、こうして出会えた……私はそう思ってるの」


「ギリギリでも、頑張ったから……」


「だから、私たちも頑張らないとね! あなたが教えてくれたんでしょ? どんなにギリギリの状況でも、その先にチャンスがあるって!」


「――ですね! なんだか、僕も元気が出てきました!」


「ふふ、それなら良かった!」


 励ますようにそう話す少女に、少年は彼女が今日まで歩んできた複雑な事情や背景を思い、今度こそ力強く――はっきりと頷いた。だが――


『――そろそろ終わった? あんまり二人でイチャイチャされると、いつ割り込んで良いのか迷うんだけど』


「ぴえっ!? ぽ、ポラリスさん!? 聞いてたんですか!?」


 コックピットに座る二人の耳に、あからさまに不機嫌な様子の別の少年の声が響く。

 その声の主の名はポラリス――はるか太古の時代から生き続ける、強大な力を持つオートマタの一人だ。


『まったく……仲が良いのはいいけど、ちゃんとやることはやってからにしてよね。今回は、このボクまで引っ張り出されるような大切な任務なんだからさ!』


「ご、ごめんなさいポラリス。機体の最終チェックは終わったから!」


『ふむ……? 確かにライディオンからのデータも問題なさそうだね。じゃあさっさと出発して貰っていい? ほーんと、すぐにまわりなんてお構いなしにイチャイチャし始めるところは、〝あの二人にそっくり〟……いや、〝あの四人〟にそっくり……かな』


「四人?」


『ふふ……こっちの話だよ。ほらほら、急いで飛ばないと月で待ってるオームも困っちゃうよ! ちゃんとしてよね、パイロットさん!』


 不機嫌なのか、それとも嬉しいのか。

 少年と少女にとってはとても頭の上がらぬ偉大な先達の言葉に、二人はすぐに船のエンジンに火を入れる。


 鈍い振動と共に機体を格納していたハッチが開き、コックピットのキャノピー越しに、眩しいほどの日差しと美しい青空が見えた。


「ジェネレーター出力上昇確認、問題なし! 行けるよ!」


「りょーかい! 深宇宙巡航船アルシオン――発進! これが私たちみんなの、新しい旅の始まりね!」


「ギリギリだって関係ない! どんな困難だって、僕たちなら乗り越えていける……今までも、これから先も!」


 輝く光の粒子を放ちながら、白い翼を持つ船が青い空へと羽ばたく。


 少年と少女の眼下には、力強く再生した青い星。


 今再び青い星を旅立つ希望に満ちた命の行く先には、一度は閉ざされた星々への道が、どこまでも広がっていた――。



 ギリギリ侍。


 それは、例えどれ程の強敵を相手にしようとも、必ずギリギリ限界究極バトルに持ち込む幻の剣士の名。

 そして、例えどれ程の雑魚を相手にしようとも、必ずギリギリ限界究極バトルになってしまう剣士の名。


 世界から邪悪が去り、人々が悲しみから解放された先。

 剣が去り、人と魔の争いすらも去った先。


 それでもギリギリ侍は、今もここにいる。


 追い詰められ、万策尽きた絶望の闇を斬り。

 生きようとする命を、前に進めるために。


 人々の心の中に、今も――。

 

 

 

 

 ギリギリ侍 完


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギリギリ侍~拙者、相手が神だろうがスライムだろうがチート転生者だろうが戦えば必ずギリギリバトルになる侍!義によって助太刀致す!~ ここのえ九護 @Lueur

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ