拙者、これからもギリギリ侍!


「これでよし……っと。カギリさん、僕の準備はできました!」


「拙者も準備完了侍でござる!」


 早朝。

 ベリンをぐるりと囲む巨大な城塞の外。


 キラキラと輝きながら昇ろうとする朝日を正面に、互いにやや大きめの荷物を持ったカギリとユーニが頷き合う。


 今日は旅立ちの日。


 二人はこれから、ユーニの長い休暇も兼ねたベリンから日の本への大陸横断へと旅立つのだ。


「ユーニ殿やリーフィア殿の力を使えばひとっ飛びではあるが、こうして自らの足で歩くのはまた格別でござる!」


「ですねっ。僕も道中でお世話になった皆さんに挨拶できますし……なにより、カギリさんと一緒ですからっ」


「うむ……拙者も同じ気持ちでござるぞ、ユーニ殿」


 すでに、ベルガディスには休暇の許可を取っている。

 ユーニが幼い頃から世話になり、カギリとリーフィアも共に部屋を借りていた宿の女将であるハイニスにも、先ほど挨拶をしたところだ。

 ハイニスも、他の大勢の仲間たちも。みな全てを悟ったかのように、ユーニの門出を心から喜んでくれた。


 やがて、どちらからともなく歩き始めた二人。

 離れていくベリンの町を背にする二人の手は、今もしっかりと繋がれていた。


 そしてもちろん、今こうして旅立ちを迎えているのはユーニとカギリだけではない。


 ティリオも、リーフィアも。

 ティアレインやアルシオン。そしてオウカも。


 二人に関わった大勢の命がこの星の上で自らの道を再び歩み、新しい時を刻み始めていた。


「ティリオさんとリーフィアさんもお忙しそうですし、なんだか僕だけ休んでていいのかなって……実は、少し思ってて……」


「はっはっは! ユーニ殿はすでに十分過ぎるほど頑張って来たではないか。ベルガディス殿もそう思っていたからこそ、こうして拙者との旅の許してくれたのだろう!」


「でもそういえば、挨拶の後でカギリさんだけ先生に呼ばれてましたよね? どんなお話をされたんですか?」


「……ベルガディス殿からは、改めて〝ユーニを頼む〟……と」


「え……?」


 ユーニのその問いに、カギリは真剣な眼差しと共に答えた。

 それはかつて、勇者の学び舎でカギリが一度は断わった願い。


 ユーニを任されるつもりはないと。


 あくまで〝友〟として彼女を支えるのだと、カギリはかつて確かにそう言った。しかし――


「――少々、構わぬだろうか?」


「カギリさん……?」


 だがその時。

 カギリは意を決したように足を止め、朝焼けの光に照らされたユーニを見つめた。


 カギリの瞳にユーニが映り、ユーニの瞳にカギリが映る。


 そのまま永遠にも感じられる時間そうしていた二人は、やがて発せられたカギリの言葉によって再び前に進んだ。


「ユーニ殿……拙者と夫婦になってくれないだろうか」


「え……!? め、めおとって……もしかして……その……け、けけ……けっこん……ふ、夫婦……っ!?」


「ユーニ殿も存じている通り、どうも拙者は人ではござらんらしい……そのような拙者が、ユーニ殿にこのような申し出をするのは、なんともかんとも……いや、しかし……!」


 驚きに目を見開いたユーニの前。

 珍しく締まらない様子のカギリは頬を真っ赤に染め、しきりに言葉を紡ごうとする。


「し、しかし拙者! たとえ人ではなくとも、ユーニ殿への気持ちは真でござるっ! もはや、友としてなどでは辛抱できぬ……!」


「で、でもでも……! 本当に僕なんかでいいんですかっ? 僕は今まで、ずっと勇者として戦ってばかりで……お料理とやお洗濯もそこまで得意じゃないですし……食べる量も多いですしっ!」


「それを言うなら拙者など、いつでもどこでもギリギリのギリギリ侍でござるが!? ユーニ殿でなければ嫌なのだ! これから先も、ユーニ殿の全てを最も近くで支えたいのだ! 拙者……ユーニ殿と一生添い遂げたい侍ゆえッ!」


「は、はい……っ! 僕も、そうしたいです……カギリさんっ!」


 一人の勇者と、一人の侍。

 二人の出会いは、遡ればわずか数ヶ月前のこと。


 取るに足らぬスライム相手にギリギリバトルとなり、瀕死で倒れていたカギリを救ったことで結ばれた縁。

 

 カギリにとって、ユーニは出会った時から強く、輝いていた。

 ユーニにとって、カギリは出会った時から強く、熱かった。


「ぬおおおおお――っ!? う、嬉しい! 嬉しいでござるううううっ! 拙者、今までのどんな戦よりも、此度の告白の方が遙かにギリギリでござった……っ! 思わず辞世の句が脳裏をよぎったでござるっ!」


「ぜんぜん……! ぜんぜん、ギリギリなんかじゃないですよ……っ! だって、僕もカギリさんのこと大好きですから……っ!」


 瞬間、ユーニが背負っていた荷物が地面に投げ出され、その澄んだ瞳を潤ませたユーニは、咲いた花のような笑顔を浮かべてカギリの胸に飛び込んだ。

 

「愛してます……! やっぱり貴方は、僕が心から尊敬するお師匠様で、大切な仲間で……世界で一番大好きな人です……っ」


「ならばユーニ殿! これからも……どこまでもよろしくでござるっ!」


「はいっ! これからもずっと……よろしくお願いしますね、カギリさんっ!」


 これから先、たとえどんなギリギリが待ち受けていようとも。

 二人はきっと乗り越えることができるだろう。


 なぜなら――かつて、一人だったギリギリ侍は二人になり。

 一人だった勇者の少女もまた、二人になったのだから。


 今ここに伸びる、どこまでも真っ直ぐに続く道。


 ユーニとカギリ。互いに二人となった勇者と侍が共に歩くその道は、二人が自ら切り開いた明日へと、果てしなく続いていたのだった――。


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