二人の星 みんなの星
「ねえねえ、ティリオ」
「へんなの見つけた」
「これはこっち?」
「あっち?」
「どっち?」
「うわあ!? そ、それってオームのジェネレーターのパーツだろ!? ちょ、ちょっと待って! ライディオン、サーチモード!」
『イエスマスター:D』
見上げるほどの機械の山。
その機械の山を更にぐるりと囲む巨大な骨組みの上で、何人にも分裂した小さなリーフィアが、手のひらサイズになったライディオンと共に作業を続けるティリオの周りをぐるぐると飛び回る。
ここは月面。
リーフィアが千年の住処としていた、広大な月面都市の一角。
空を見上げれば、そこには今も青い星が浮かんでいる。
あの戦いの後。
破損したゲフィオンは、旧時代の建設機械が今も残る月面都市へと移動させられた。
そして、そこに集まった多くの魔物やドラゴン。更にはティリオが連れてきた流派同盟のクラスマスターたちも力を合わせ、日夜オームの修復作業にあたっていたのだ。
「ようティリオ、今日も悪いな。俺たち魔物にも力はあるんだが、機械に詳しい奴が少なくてな」
「ホッホー! 機械なんぞより、ワシの言うことを良く聞く草木の方がよっぽど利口よのう!」
「確かに、俺には機械のことはさっぱりわからん」
「アハハ! まったく、これだからキミたちは駄目なのさ! ボクみたいに、複雑な物理演算をぱぱっと出来るようじゃなきゃ、神冠の魔物は名乗れないよ!」
「そーいうアンタも機械は直せないでしょ」
「――とまあ、こんな有様でな。だからお前や他の人間が手伝ってくれるのはマジで助かってるんだ」
「そんな……サナリードさんにも、他のみんなにも凄く助けて貰ってるよ。本当なら、俺たちももっと大勢で来られれば良かったんだけど……」
今、こうしてティリオを手伝っているのはリーフィアだけではない。周りにはラティアを初めとした旧時代の機械に詳しい人材の姿もあったが、主な作業員は皆魔物たちだ。
樹繁神ラシュケが木々やツタを操って数十トンもあるパーツを持ち上げれば、拳王ザジがそれを受け取ってオームの本体に組み込む。
多元神ポラリスは空中で眠そうにあくびをしながらも、次々と細かなパーツを転移させて指示通りに選別。キキセナもまた、腐食が進んだパーツを自らの力で洗浄し、クリーニングに勤しんでいた。
「まだみんながみんな、魔物と上手くやれるわけじゃないからさ……しばらくはこんな感じで地味に……コツコツと……」
「それでいいと思う」
「ティリオは地味」
「そこがかっこいい」
「えっ!? そ、そうかな!? えへへ……」
「すっかり仲良しになっちゃって。でも、ティリオのそういうところが良いってのは私も同感。ほんと、君は立派な私たちの盟主だよ――ティリオ」
リーフィアにそう言われたティリオは、その両肩と背中に三人のリーフィアを貼り付けたまま真っ赤になって頬をかく。
そんな二人の姿を見たラティアは、やれやれと嘆息しながらも笑みを浮かべ、今日までのティリオの功績を称えた。
――人と魔物の停戦調停。
多くの人々にとっては余りにもあっけなく、そして電撃的とも言える速度で決定したこの調停の影には、ティリオや英雄ベルガディスを初めとした、多くのクラスマスターたちの尽力があった。
実は停戦に当たり、最も人類諸国が難色を示したのは魔物勢力の拠点についてだった。
たとえ停戦したとしても、千年争い続けた魔物と国境線を接したいと望む国など存在しない。
当初ティリオがサナリードに提出した、南極を拠点とする案ですら殆ど全ての国が承諾しなかったのだ。
だが、そこに助け船を出したのがリーフィアだった。
元より、魔物を解放できればみんなで別の星に住むと公言していた彼女は、元々自分が住んでいた〝月面都市〟を、新たな魔物の住処とする案をティリオに持ちかけたのだ。
星の再生にはまだ魔物が不可欠であり、魔物の存続にも生命のエネルギーが必要という現状。
月面都市はその距離的にも、魔物の力を使えば行き来可能という点でも最適だった。
現在の人類にとって、月は完全に遠く離れた未知の世界。
かつて自分たちが月どころか、その何千倍も離れた場所まで行っていたことなど、とうに忘れ去られている。
全ての魔物は地球を追われて月に住むという筋書きは、魔物たちにとってはどうでもよくても、各国の首脳陣や、事情を知る臣下への説明としては非常に納得度の高い案だった。
かくして、全ての魔物たちは月へと去った。
安全と体面の確保が済めば、後の諸項目が決まるのは一瞬。
人と魔の使節団の派遣や技術交流の開始。そして流派同盟のような一部の勢力による、魔物との連絡ルート構築なども無事に解禁された。
元々、上位の魔物の外見はいくらでも人に似せることが出来る。今後は流派同盟の主導により、各地で野生化した下級の魔物の討伐や、保護も共同で行われることになっている。
そして、更には――
「私も手伝ってる」
「リーフィアみたいに色々はできないけど」
「私も増えるから」
「オームが再起動すれば、今は戦うことしかできない私たちも、この星のための力を行使できるようになるはず。その時は、私たちも皆さんのお手伝いをさせて下さい」
『魔物の皆さんはテクノロジーに詳しくないようですが、私たちドラゴンは違いますよ。後でこちらのデータを提供しますので、皆さんでお勉強しましょうね』
言いながら、ティリオの周囲には更に他の者たち――ずっと共に世界を守り続けた小さなドラゴンや、その姿を通常の魔物と同じような形状へと変えた、かつての翼ある者達――虚空星フィナーリアや、カルナといったオームの尖兵だった者すらも集まってくる。
「みんなありがとうっ! オームを直した後も、やらないといけないことはいくらでもある……! 新しい問題だってきっとどんどん出てくると思う……けど、みんなで力を合わせればきっとなんとかなるよ!」
『イエスマスター。ユーアーザベスト;D』
「うん」
「そうしよ」
「昨日より今日」
「今日より明日」
「どんどん良くなる」
「私もさっきセロリを許した」
「ええええっ!? り、リーフィアがセロリを許したのか!? 何があったんだよ!?」
リーフィアによる突然の〝セロリは許した発言〟に、彼女のセロリ嫌いを良く知るティリオは飛び上がるほどに驚く。
しかしそんなティリオの驚きをよそに、それまで分裂していたリーフィアは再び一人になってふよふよとティリオの前に回ると、じっと彼の目を見つめる。
「ティリオのおかげ」
「私もティリオみたいになりたい」
「みんなとなかよし」
「りっぱなめいしゅ」
「なれるかな?」
「ぜ、絶対なれるよっ! っていうか、俺なんてまだ全然だめで、ユーニやカギリに比べたら……」
「ふふっ」
「おかしなティリオ」
「ユーニもカギリも」
「二人とも、ティリオの方が凄いって言ってるのに」
「り、リーフィア……?」
果たして、ティリオの自己肯定感は今も低いまま。
だがしかし。たとえ本人がどう思っていようとも、この場に集まった誰もが彼のことを心から認め、信じたからこそここにいるのだ。
いつも通り締まらないティリオの言葉を聞いたリーフィアは、まるで煌めく星々のような笑みを浮かべると、そのままティリオを優しく抱きしめた。そして――
「わからないなら、わかるまで私が教えてあげる」
「みんな、私にそうしてくれた」
「だからこれからも、一緒にいてね」
「ティリオ――」
「あ――……」
人と魔。
千年もの間争い続けた二つの枠組みが、再びわだかまりなく手を取り合うには千年でも足りないかもしれない。
しかしそれでも。
その少年は、確かに新たな千年の始まりを作った。
もはや新たな道など生まれようもない憎悪の暗闇に、細く微かな光を灯して見せた。
溢れんばかりの歓声と、無数の祝福が木霊する月の町。
かつて、星の名を持つ少女が一人ぼっちで住んでいたその冷たい町は、今ではどこまでも暖かな命によって満ち溢れていた――。
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