大団円

拙者、大団円侍!


「みんな、今日はこうして集まってくれてありがとう。実は、みんなに俺から大事な話がある。聖域を襲った〝翼の者たち〟と、魔物との今後の関係について――」


 崩壊し、がれきの山と化した聖域の中央。

 ティアレインを初めとした幾人かの従者を連れた教皇アルシオンが、真剣な面持ちでそう口を開いた。


 ゲフィオンでの戦いから数日後。

 

 事前にティリオから根回しを受けていたユーリティア連邦を含む複数の国家は、新たなる脅威として浮上した〝白い翼の者たち〟の侵攻を理由に〝魔物との停戦〟を宣言。

 魔物側の代表として名乗りを上げたサナリードがその申し出を受諾したことで、千年続いた魔物と人の争いは転機を迎えた。


 全世界的な白い翼の者たち――オームが魔物とは別に新たに生み出したオートマタとの戦いの際、魔物と人類が共闘したことも大きな理由となり、各々の内心はともかくとして、表向き人類と魔物の争いは驚くほどスムーズに一応の終わりを告げたのだ。


 オームによる管理についてや、魔物が星を再生させていたことのような、複雑な事案は伏せられたまま。

 神の粛正をなんとか生き延びた大勢の人々には、結果的に魔物の脅威が去ったという、福音のみがもたらされることになった――


「だけど、俺たちにとって本当に大変なのはここからだよ。魔物がいようがいまいが、俺たちは同じ人同士でずっと争い続けてきたからね。そんな争いを一つでも少なく出来るように、これからもみんなの力を貸して欲しい」


 アルシオンの力強くも優しい言葉に、集まった大勢の人々が割れんばかりの歓声を上げた。そして――


「まあ……たまには嘘も役に立つってことだ。面倒なことは後回し、なし崩しでもまずは形を整える……あいつらしいな」


「はっはっは! まさか師匠の口からそのような言葉が聞けるとは! 師匠も〝大人になった〟というわけでござるな!」


「ああんッ!? 調子に乗るなよカギリ! そんなこと言ってると、お前にくれてやった皆伝書没収すっぞ!?」


「はうあッ!?」 


「ふふっ。でも本当に良かったです……オウカさんも教皇様も、他の皆さんもこうして無事で!」


 アルシオンが立つ即席の祭壇の裏。

 その光景を見つめるのはカギリとユーニ、そしてすでに傷を癒やしたオウカだった。


「しかし、これから師匠はどうするつもりでござるか? 日の本に戻るでござるか?」


「あー……それなんだけどな、しばらくはこっちにいることにしたんだ。アルとは積もる話もある……それに、まだちゃんと謝ってないしな……」


「それがいいですよっ! きっと、教皇様もとっても喜ぶと思います!」


「そ、そうかな? 随分長いこと離れてたから、まだ何を話せば良いのかわからなくてさ……おかしいよな、昔はこんなこと全然なかったのに」


「師匠……」


「それでいいんだと思います。焦る必要なんてない……だってオウカさんも教皇様も、お二人ともこうして生きてるんですから……」


「ありがとな……私がこんな風に悩んだりできるのも、全部お前たちのお陰だ。本当に、何度感謝しても足りないよ……」


 どこか照れくさそうに。

 しかし安心しきった表情で、オウカは二人に頭を下げた。


 そしてそんな三人の元に、信徒への呼びかけを終えたアルシオンが、従者たちと共に輝くような笑みを浮かべて戻ってくる。


「お、おう……お疲れ」


「にゃはは! なになに、三人とも俺のこと待っててくれたの? うれしーなー!」


「君たちも午後にはベリンに戻るのだろう? 聖域の復興を手伝ってくれたこと、心から感謝する! ありがとうッ!」


「こちらこそでござる! ティアレイン殿も、またなにか困ったことがあればいつでも呼んで下され! 拙者、たとえ地の果てからでも駆けつける侍ゆえっ!」


「その時はまた遠慮なくよろしくするぞ! ふんす!」


「お手伝いじゃなくても、また遊びに来ます! ティアレインさんも、どうかお元気で!」


「ああ、必ずまた会おう! 私の大切な親友のために、聖域でも一番うまい料理を用意して待っているからな!」


 ユーニとティアレイン、そしてカギリは互いに目を見合わせて笑い合う。三人の手は固く結ばれ、それは共に死線をくぐり抜けた彼らが、深い絆で結ばれていることをはっきりと表していた。


 しかし、一方のオウカとアルシオンは――


「あー……うー……その、なんだ……えーっと……」


「なになに? 何でも言っていいんよ? 今の俺って、前みたいにきっついことでも、他のどんなことでも……オウカちゃんの言葉なら、なんでも聞きたい気分なんよ!」


「う……いや、あの……だから……ご、ごめ……ごめ……っ!」


「ごめごめ?」


「(な、なにをしているでござるか師匠は……!? これでは見た目は大人、中身は子供でござるぞ!?)」


「(私の前で聖下とお話ししていたときは、ばっちりはっきりかっこよく謝っていたような気がするのだが……!?)」


「(で、でもでも……! 少し前の僕もあんな感じでしたしっ! 頑張って、オウカさん……!)」


 一方のオウカとアルシオンは、全くもってどうしようもない有様だった。

 しかもそれでいてユーニやティアレインは愚か、カギリですら助け船の出し辛い二人だけの謎空間を展開しており、他の者はただ歯を食いしばって見守ることしかできない。


 だがやがて、いかんともしがたい膠着状態の末――


「だーーーーッ! こんな周りにたくさん人がいるとこで言えるかああああああああッ! おいアル、お前今からちょっと私に付き合え!」


「そ、そういう展開!? っていうかオウカちゃん、俺と離れてる間、他に誰かと付き合ったりとかしなかったわけ?」


「するか馬鹿ッ! いいからこっちこい!」


「にはは! おっけーおっけー、どこまでもお付き合いするよっ!」


 やがて我慢の限界とばかりに爆発したオウカはアルシオンの手を引くと、カギリたちを置いていずこかへずんずんと歩いて行く。

 だがその去り際。オウカは一度立ち止まると、振り返ってカギリとユーニに声をかけた。


「ああっとそうだ。私が留守の間、私の家はカギリとユーニで好きに使って良いからな。あそこなら人里からも離れてるし、お前らのラブラブちゅっちゅの邪魔も入らないだろ?」


「ぶふぉーっ!? 別れ際に言い残すことがそれでござるか師匠おおおおおおおっ!?」


「そ、そそ、そんな……っ!? 別に、僕たちはまだ……っ!」


「まだもへったくれもないだろ! 散々二人には助けて貰ったんだ……せめてそのくらいはさせてくれよ! ちゃんと帰る前には一報入れるからさ! ほら、いくぞアル!」


「はいはい! いいねぇ……とっても幸せじゃんねぇ!」


「っていうかお前、あのキモイ作り笑い止めたんだな……?」


「にはは、みんなのお陰でね! んじゃティアレインちゃん! 他のみんなにも夕食までには戻るって言っておいて!」


「はっ! このティアレイン、しかと承りましたッ!」


「ほ、本当に行ってしまったでござる……っ!」


「い、行っちゃいました……けど、もうお二人は心配なさそうですねっ」


「うむ! 何もかもめでたしめでたし! 大団円でござる!」


 残されたカギリたちは去って行く二人を呆然と、しかし微笑ましく見送りながら――あの戦いから今日まで、途切れることなくこの星を包む暖かさを確かに噛みしめたのだった――。


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