拙者、やり遂げた侍!


「カギリさんっ!」


「ユーニ殿!」


 ユーニ渾身の一撃。

 それはオームへの揺らぎの供給を停止させることに成功した。


 だがしかし。


 暴走したオームによって行われた破壊は、衛星要塞ゲフィオンそのものに致命的な損傷をもたらしていた。


 停止したオームを巻き込み、ゲフィオンの崩壊が進む。

 絶え間ない揺れと崩落するがれきの中、気を失ったオウカを背負うカギリの元に、淡い光を伴ったユーニが舞い降りる。


「先のユーニ殿の一撃、まっこと見事であった――このカギリ、もう何度目かも分からぬが、またしてもユーニ殿に心から感服致したでござる!」


「カギリさんのお陰です……何もかも全部、カギリさんが僕に教えてくれたんです。でも、まずはここをなんとかしないと!」


「うむ! だが一体どうすれば!?」


「――いたいた! 二人とも、上手くやったじゃない!」


「ユーニ君! カギリ君も! 本当に無事で良かった!」


「ラティアさんっ! ティアレインさんも、無事だったんですね!」


「教皇殿も一緒でござるかっ!」


 次々と落下していく大小様々な金属片。

 なんとかゲフィオンの崩壊を止めようと考えを巡らせる二人の元に、ラティアの明るい声が届く。


 カギリ達が声のする方向に目を向ければ、そこには見たこともない機械の車に乗ったラティアと、その車の助手席に座る傷だらけのアルシオンとティアレインが飛び込んできた所だった。


「二人とも急いで! 脱出ルートは確保してある! 結局、神様は〝倒しちゃった〟ってことでいいんだよね!?」


「待ってくれラティア殿! 結果としてこのようなことになったが、まだオーム殿は生きている! このままここから去るわけにはいかぬのだ!」


「まだ生きてるって……でも、このままじゃマズいよ!」


「そういうことなら、最後くらいは俺も頑張らせて貰っていいかな。オウカちゃんのことも、本当に感謝してる……ここまで迷惑かけた分、手伝わせてよ」


 崩れゆくゲフィオンに打つ手のないカギリ達に、傷ついたアルシオンがラティアの車から降りながら語る。

 アルシオンはカギリの背に眠るオウカをどこまでも穏やかな表情で見つめると、そっと涙の跡が残る彼女の頬を撫でた。


「オームとゲフィオンがこうなったのは、オームの中にあった揺らぎがなくなっちゃったからだ。オームはこの場所を維持するためにも、揺らぎを使ってたからね」


「じゃあ、もう一度神様の中に揺らぎを戻せば!」


「そういうこと。けど今の俺にはもう揺らぎは使えない……だから、そこはユーニちゃんとカギリちゃんにお願いしてもいいかな? オームがどういう構造だったかは、俺がある程度覚えてるからさ」


「では、教皇殿の指示通りにオーム殿に揺らぎを与えれば良いでござるな!」


「ありがとね……俺もオームも、散々みんなに迷惑かけたってのにさ……けど、俺もずっとこの子と繋がってたから分かるんよ。やっぱり、俺たちにはまだこの子の力が必要なんだ」


「わかりました……! ティアレインさんは、ラティアさんとオウカさんをお願いします! 僕たちは神様を!」


「承知!」


「そういうことなら任せておけ! 聖下のことを頼んだぞ!」


 そう言って互いに頷き合うと、カギリとユーニ。そしてアルシオンはオームの元に向かう。

 先ほどまで恐慌状態だった膨大な揺らぎ。

 それは今も辺りに満ちあふれ、揺らぎへの適性がない者でもはっきりと見える光の粒となって漂っていた。


「いざ――ユーニ殿!」


「はい――カギリさん!」


 溢れる揺らぎと崩れ落ちる神を前に、カギリとユーニ。〝二人のギリギリ侍〟がその手を掲げる。

 すると二人の意志に応えた揺らぎの光が瞬時に巨大な渦を巻き、崩落を続けるオームの体を力強く支えた。


「すごい……まさかカギリちゃんだけじゃなく、ユーニちゃんまで揺らぎをここまで扱えるようになるなんて……なら、ここからは俺がっ!」


 膨大な光の渦を見上げ、今度はアルシオンが前に出る。

 アルシオンは傷ついた両手をオームに向けると、すでに断裂したパイプや巨大なパーツを正確に捉え、なんとか元の位置へと引き上げていく。しかし――


「うっ……でもこれは、ちょーっとばかしマズいかも……っ!」


「どうしたでござるか!?」


「オームの内側まで探ってみたけど、肝心の揺らぎを集める場所が壊れてる……これじゃあ君たちがいくら力を送っても、すぐに空っぽになっちゃうね……」


「そんな、ここまできて……!」


「他の部分と違って、ここだけは応急処置で済ませるわけにはいかないからね……時間も人手も全然足りないってわけ……っ」


 すでに自分自身も衰弱しているアルシオンの額に、じっとりと汗が滲む。

 その間にもゲフィオンの鳴動は断続的に続き、このままでは全てが保たないことを彼らにはっきりと伝えていた。だが、その時だった―― 


「お待たせ」

「時間ならあるよ」

「私がつくる」

「私が時間を止める」


「みんな! 遅くなって悪いっ!」


「ティリオさんっ! リーフィアさん! 良かった……っ!」


「二人とも無事でござったかっ!」


 その時。鈴の音のような声と共に、辺り一帯全ての時が止まる。しかし、そうして停止したのは崩落するゲフィオンや周囲の景色だけだ。


 その場にいたカギリたちは、はっきりとその時が止まった世界を認識し、活動を継続していた。


「やっほーみんな」

「ティリオとキキセナに助けて貰った」

「フィナーリアとも友達になった」


「うん……」

「リーフィアと」

「ティリオと」

「キキセナが、私の友達になってくれるって……」


「もう……姉様が無事だったのは良かったけど、助けに行ったあんたまで死にかけてどうするのよ……私が来なかったら、みんな危ないところだったんだからね!?」


「ぴえっ!? ご、ごめんなさいっ!」


「はっはっは! ながなにやらさっぱり分からぬが、とにかく全員無事で良かったでござる!」


「ありがとうございます! これなら、神様を助ける時間が稼げますね!」


「んだね! ここからオームを直すのには結構かかるかもだけど、みんなで頑張ればすぐよ!」


 リーフィアの力で時が止まった世界。

 リーフィアに続いてボロボロの脱出ポッドに乗ったティリオとキキセナ。そして少し申し訳なさそうに俯いたフィナーリアが現れる。


 アルシオンが危惧していた、オームとゲフィオンの崩壊は完全に止まった。

 魔物と人。さらにはオームの尖兵として生み出されたばかりの天使すら手を携えるその光景に、アルシオンは心からの笑みを浮かべて頷いた。そして――


「あと、それだけじゃない」

「〝みんな〟にも声をかけた」

「もうすぐ手伝いに来ると思う」


「みんな……? もしや、そのみんなというのは――」


「っ! 感じます……沢山の力が、ここに向かってきてます!」


 リーフィアがもたらしたのは時だけではなかった。

 揺らぎを通してゲフィオン周辺の宇宙空間を見たユーニが、驚きの声を上げる。


 そこにあったのは、無数の光。


 もはや数えることすら出来ないほどの光が、青い星からゲフィオン目掛けて集まっていた。


 その光は魔物。

 そして鋼のドラゴンの群れ。

 さらには純白の天使たち。


 数多の人ならざる者たちがリーフィアの呼び掛けに応え、この星を守り続けた神を生かすために、いくつもの光となってゲフィオンへと集結していたのだ。


「にゃは……にゃははははっ! ああ……オウカちゃんが目を覚ましたら、これは絶対に話してあげなきゃじゃんねぇ……っ。カナンもどっかで見てるかな……? 俺たちが目指した景色がさ……やっと……見れたんだよ……っ」


「カギリさん……っ。これ……僕たち……ちゃんと、出来たんですね……これで、みんな……っ!」


「ああ……! どうやらそのようでござる……此度もまっことギリギリでござったが……拙者たちは、きっと上手くやれたのだ。皆のために、この星のために……きっと……」


 その日。青い星の夜空には、月とは別のもう一つの光がいつまでも輝いていた。


 人も動物も、虫や草花も。


 星に生きる全ての命がその光を見上げ、光から感じる暖かな熱を、確かにその心に刻んだ――。


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