第13話 浄化(三)

 ——来たか……

 目の眩みを殺そうと唇を噛む。薬を飲んだからと言って、自分も無害ではいられない。連戦で消耗していては尚更だ。

 振り下ろされた一撃を反射的に受け返すと、その反動で体が否応なく後ろへ跳ね返された。大剣の重さは尋常ではない。

 ——こちらから仕掛けないで終わらせたかったが。

 改めて覚悟を決め、散じた気を集めて柄を握り直す。四肢が気怠い。機を逃せばこの身が裂かれるだろう。

 蝋燭の光に痛みを覚え、目を細める。そのとき、視界の端で男の足が不自然に床を踏んだ。

 だが本人は己の異変に気づいた様子はない。獲物を前に理性を失った獣の如く、獰猛な目つきは変わらず、躊躇なく追撃を繰り返す。

 ただ、刃渡りが長いだけ向こうの攻撃には時間差が出る。カエルムは頭の重さがいや増すのを自覚しながら相手の突きを一つよけ、男の背後に回り込んだ。するとそれを追って、耳を突く刃鳴りの音と共にカエルムの肩めがけて大剣が襲いかかる—— 

 カエルムは即座に身を翻し、踏み込みの姿勢で相手を見据えた。







 足元にあった蝋燭の炎が一つ、大きく揺れる。

「月華草は急な体温上昇に伴い効力を増す。自分の体の状態に気づかないと命取りになる」

 石の床が小さく振動し、鈍い音が部屋に広がった。

「喫煙は症状の自覚を弱める、か。症例の一可能性として報告だな」

 カエルムは滑り落ちた大剣と男の肢体を見下ろす。長らく俊敏さと攻撃力を保っていたものの、月華草の粒子は確実に体に入っていたらしい。足のもつれが見えたと思えば、案の定、降りかかった刃の軌跡にもぶれが生じた。大剣は持ち手の眼前に死角を作る。相手が自身の体の制御を失い始めたなら、隙を突くのは雑作もない。

 男の目はもう開いてはいなかった。相手の急所を叩いた愛剣を鞘に収め、長く吐息する。

 その直後だ。カエルムの頭に殴打されたような痛みが走り、耐えきれずに呻きが漏れた。次いで吐き気が込み上げて上体が傾ぎ、咄嗟に剣を床に立てる。

 ——さすがに、この人数は……

 薬のおかげでもっていたが、激しく動き続けた体だ。毒の作用が大きいのだろう。手足の末端から、痺れがじわじわと広がり始めた。

 これだけ時間が経っていれば、上階でも炎に落とした乾燥種が毒を充満させ、ここに転がる四人と同じように、ロスに倒された者たちの逃走を封じているはずだ。しかし自分までここで気を失い、その間に万が一にも他が目を覚ましてはまずい。

「戦い終わって緊張を解くのは甘い、とか叱られそうだな……」

 声でも出していないと意識が保てなさそうだ。剣を杖代わりに体を起こし、感覚の薄れる足をなんとか引きずる。戦闘前に観察した限り、戸口らしきものはなかった。だとすれば入口は先の天井の穴以外にないはずだ。

 ——どこかに、はしごか何かが。

 重い頭を無理に動かし薄暗がりの中を見回す。すると一角に布袋や箱などが雑多に積まれ、それらの向こうの壁にはしごの先端のようなものが見えた。

 あれが今の自分に持てるか定かでないが、他に選択肢が無い。舌を噛み、痛覚の刺激に頼って壁際まで移動する。壁を支えにすれば動けるはずだ——そう期待して壁に左手を伸ばした。

 途端、目に映るものが大きく揺れ、右手に握った剣の先が支点を失って空に浮いた。痺れた膝から鈍い痛みが走る。立ちあがろうとしても理性とは裏腹に視界が霞む。

 思考が朦朧としてくるなか、壁に当てた指は石の面を力なく伝い、手が床に滑り落ちた。







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